執筆者:中野 有【とっとり総研主任研究員】

●はじめに

南北首脳会談の大成功に世界は歓喜した。これは歴史的な分水嶺として後世に残る出来事であろう。

ごく最近まで、日本のマスコミが流す北朝鮮のニュースは飢餓で苦しむ姿やベールに包まれた金総書記の姿であった。非常に偏った報道に筆者は納得できず、萬晩報を通じ、1998年11月の「北朝鮮分析に不可欠な多角的視点」を始め7本の北朝鮮に関するコラムを書いてきた。

きっかけはたまたまウイーンの国連工業開発機関(UNIDO)本部ウイーンで北朝鮮を担当した時、知り合った北朝鮮の外交官の影響が大きかった。ウイーン以来7年の歳月を経て、日本の研究所から北朝鮮に出張したとき、UNIDO本部に勤務する彼に会った。彼は、北朝鮮ナンバー2の金永南最高人民会議常任委員長の息子の金ドンホ氏である。

UNIDOの時、国連から北朝鮮・中国・ロシアの国境に流れる図們江流域の開発に取り組んだ。その後、北東アジアの問題にのめりこみ、新潟の環日本海経済研究所、ホノルルのシンクタンク・東西センター、とっとり総研で北東アジアの問題を多角的視点で展望してきた。同時に、国際的NGOである、「北東アジア経済フォーラム」の活動に関わった。

今、この歴史的分水嶺を経て、大国の外交の駆け引きが渦巻く中、北東アジアの発展に向けた日本のビジョンを明確にしなければいけない時期にさしかかっているのではないだろうか。

去る5月10-12日、中国の天津で北東アジア開発銀行設立に向けた専門家会議が開催された。この会議は、米国の政府系シンクタンクである東西センターの趙利済元総裁が中心となり10年前から北東アジアの国々や国際機関等の代表を集め、毎年開催している北東アジア経済フォーラム(国際的NGO)の専門家会議である。フォーラムは、過去、中国、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、ロシア、韓国、日本、米国、モンゴルで会議を開催した。

今回の会議で天津市長は、天津の開発区に北東アジアの発展途上地域{中国東北3省、北朝鮮、極東ロシア、モンゴル}のインフラ整備等の開発を担う「北東アジア開発銀行」を誘致し、それにかかる土地、建物等のコストは、天津市が負担するとの声明を出した。

日本国内では北朝鮮への大規模な経済支援に関しては、日朝国交正常化交渉などで懸案が決着した後にすべきだとの意見が多いが、国際会議では北朝鮮のソフトランディングや信頼醸成のみならず、北東アジアにEUに匹敵する経済圏を構築するための建設的な話し合いがなされている。その背景には、TMD(戦域ミサイル防衛)の迎撃用ミサイルによる新たなる軍拡競争の懸念や、3年前の東アジアの金融危機の教訓がある。そこで、北東アジアを取り巻く環境の変化を、金融とエネルギーの具体的な構想を踏まえ多角的な視点で展望する。

●発展と紛争の可能性を秘めた北東アジア

冷戦後の地域紛争が、民族、宗教問題や地域間の経済格差に起因しているとすると、日本と目と鼻の先にある朝鮮半島は、相反する韓国と北朝鮮があるだけに、地域紛争が発生する確率の高い地域である。従って、中近東に並び世界で最も不確実性の高い地域は朝鮮半島であるとする米国防総省の分析にはうなずける。

百有余年の動向を見ても、北東アジア特に中国、北朝鮮、極東ロシアの国境に接する地域は、波風の激しい地域であり、日清・日露・日中戦争の導火線となり、太平洋戦争の遠因となった。一方、今世紀初頭のこの地域はシベリア鉄道が開通するなどインフラ整備も進展し繁栄を目指したが、これら一連の戦争や冷戦構造がこの地域の発展を遮断してきた。冷たい戦争が終わり10年が経過したが、北朝鮮を中心とするこの地域は依然冷戦構造が残り、38度線は(技術的・国際法的)に戦争状態である。

他方、この地域は地政学的、経済学的には、中国・北朝鮮の優秀な労働力、極東ロシア・モンゴルの豊富な天然資源、日本・韓国の資金や技術力、そして北朝鮮の重要な地理的位置が相互補完的に機能することにより、自然発生的経済圏が生み出されるポテンシャルを秘めている。

●朝鮮半島を取り巻く環境の変化

イタリアに続きオーストラリアが北朝鮮と国交を樹立するなど、東南アジア、ヨーロッパ諸国が北朝鮮との国交正常化を進めており、今回、中国、米国、ロシア、日本の4大国の支持の下で南北首脳会談が成功裏に実現された。7月には北朝鮮のARF(ASEAN地域フォーラム)への加盟が承認される運びである。

また、米国の包括的アプローチ(ペリープロセス)や韓国の太陽政策、日朝国交正常化交渉の再開や日中韓による北東アジアの共同研究、そして村山元総理を団長とする超党派の政治家による平壌訪問も実現され、かってない建設的な動きにより北朝鮮を取り巻く環境が急激に好転している。

北朝鮮の瀬戸際外交に見られるミサイルや核の開発が及ぼす不安定要因は、米国が進める迎撃用ミサイルの開発に拍車をかける。当然、攻撃用ミサイルの開発と比例して迎撃用ミサイルの開発が進みとめどもない軍拡競争の幕がきられる。これに対して北東アジアの軍拡を警戒すると同時に協調的安全保障の観点から冷戦の犠牲になった北東アジアのインフラ未整備の地域を多国間の協力で推進する必要があるとの気運を国際NGOが中心となり高めている。その要となるのが北東アジア開発銀行構想である。

●北東アジア開発銀行構想

アジア開発銀行の元副総裁で、ヨーロッパ復興開発銀行の設立に携わった東西センターのスタンリー・カッツ博士、中国国務院発展研究センターの馬洪名誉会長や韓国の南悳祐元総理は、北東アジアの発展のために北東アジア開発銀行の設立が不可欠な理由を以下のように分析している。

北東アジア開発銀行の主な目的は、北東アジアにおける具体的なインフラを拡大、改善するための資金調達の助力をすることである。そして、主に、外国から資金、技術、知識を結集し、それを最も急を要する新規および再開された地域内プロジェクトに適用することにある。また、世界銀行、アジア開発銀行、ヨーロッパ復興開発銀行、非政府組織諸団体、国連、その他北東アジア地域の経済発展に関与する国

内および国際諸団体を含め、他の多国籍銀行とほぼ対等にこのような財政面および技術面での仲介活動を行なうことにある。

北朝鮮やその周辺の発展途上地域が80年代前半の韓国の経済レベルに到達するためには年間約75億ドルの開発資金が必要であり、世界銀行・アジア開発銀行・ヨーロッパ復興開発銀行といった既存の開銀からの予測される資金調達は、15億ドルとなる。民間や2国間の融資を10億ドルと考えれば50億ドルが不足する。開発資金の目的の内訳は、道路、鉄道、港湾、エネルギー(北東アジア天然ガスパイプライン)、中国、ロシア、北朝鮮の国境に流れる図們江流域開発等の産業発展のための基本的インフラである。これらの開発にかかる資金は、アジア開発銀行の拡大では賄うことは難しい。

ロシアは世界銀行とヨーロッパ復興開発銀行から貸し出しを受けている。中国は世界銀行とアジア開発銀行のメンバーである。モンゴルは世界銀行とアジア開発銀行のメンバーであるがヨーロッパ復興開発銀行のメンバーでない。北朝鮮は将来、アジア開発銀行のメンバーになる可能性があるがいずれの開銀にも属していない。(韓国は北朝鮮がアジア開発銀行に加盟することをサポートしたが米国・日本が難色を示した)。

これらの開銀はロシア、中国に大規模な資金供与を行っているが、例外を除き北東アジア地域への資金供与は少ない。モスクワや北京から政治的・経済的・心理的に離れた地域に位置する北東アジアはアジア開発銀行等の開銀の優先を得られるとは考えられない。また、これらの開銀には政策・制度分野への融資中心、民間セクターとの融資の割合等の制約された条件があり、北東アジアに必要な多国間のインフラ資金供与は困難であると考えられる。

北東アジア開発銀行の全資本は約200億ドルとする。この金額は、1992年のその地域の国の収入の約0.5%であり、1966年から1994年までのADBの合計した資本金(約230億ドル)に相当する。200億ドルの金額は、200万株に分割され、1口1万ドルとなるだろう。これらのシェアは、この銀行のシェア取得に興味を持っている地域諸国の基金によって賄われるであろう。それは、銀行の認可される全資本の60%になりそうである。残りの40%は他の地域諸国の基金によって形成されるであろう。

●多国間協力プロジェクトの推進

日本における公共事業の投資乗数は経済の成熟化により薄れるが、途上国に地球規模のケインズ政策、すなわちODA(政府開発援助)による有効需要喚起策が取られた場合の乗数効果は遥かに高くなると考えられる。従って、北東アジアに日本のODAが投下されるのは、経済圏構築に有効であると同時に日本の発展に直結する。では、どのような多国間のプロジェクトを推進することにより最も大きな波及効果を期待できるのであろう。ODA供与の目標と方法にひと工夫が必要ではないだろうか。

極東ロシアの豊富な天然ガス田をイルクーツク、ウランバートル、北京そして朝鮮半島等を縦断し日本海沿岸へパイプラインで天然ガスを輸送しようという構想がある。北東アジア天然ガスパイプラインが注目される理由は、石油価格の上昇、中東依存の脱却、原子力発電へのアレルギー、環境問題がある。8割近くのエネルギーを石炭に依存する中国が二酸化炭素等の排出量の少ない環境に優しいエネルギーである天然ガスへの依存度を高めることにより酸性雨等の環境問題の解決に繋がる。

このような多国間にまたがる協力プロジェクトが実現するためには相互信頼を前提に、ある程度利害関係を異にする国々を含めて穏やかな協力関係を構築するというエネルギー分野における「協調的安全保障」体制が成立する。

●北東アジアの協調的安全保障

自由民権運動に生涯を捧げた中江兆民は、1世紀以上も前に出版された「三酔人経綸問答」の中で100年後は協調的安全保障の時代が到来すると予言している。冷戦中は、米ソが対峙することにより覇権的安定がもたらされ、ヨーロッパにはNATOにより集団的安全保障が形成され、それがEU中心の体制に移行されることが検討されている。現在の北東アジアは勢力均衡型であるが、ヨーロッパで見られる集団的安全保障は存在していない。

そこで日本の役割であるが、軍事的に北東アジアの勢力を均衡させるのではなく、協調的安全保障に則った予防外交の担い手として多国間協力で北東アジアの開発を推進していくことではないだろうか。日朝国交正常化は予測より早く実現されるだろう。今世紀の日本の旧満州における行為を冷静に判断した場合、地域の発展のための相互協力が必要不可欠となるであろう。それを賠償と考えるかインフラ整備のための投資と考えるかである。

7月の沖縄サミットでは、サミットのアジア唯一のメンバー国日本が議長国として、北東アジアの平和と安定に資することへの熱い期待が寄せられている。そこで北東アジアの開発金融や北東アジア天然ガスパイプライン構想を、サミットの議題である紛争予防や途上国支援と組み合わせることで、世界のフラッシュポイントである朝鮮半島の信頼醸成に関する具体的な成果があげられるのではないだろうか。冷戦直後のサミットの場でヨーロッパ復興開発銀行が生まれた。沖縄サミットは、北東アジアのインフラ整備を推進する「北東アジア開発銀行構想」を中国や韓国の意向を取り入れ議論される最適の場であるだろう。

中野さんにメールはnakanot@tottori-torc.or.jp>