執筆者:成田 好三【萬版報通信員】

小泉純一郎主首相は凄まじい政治家である。まさに稀代の策略家、いや天才的な軍師、戦略家といえるだろう。

参院本会議での郵政民営化関連法案の否決は、郵政民営化を内閣の至上命題とする小泉首相にとっては絶対的な危機である。しかもその危機は敵(野党)ではなく味方(自民党)の反乱によってもたらされた。

しかし、小泉首相は圧倒的に不利な、全面敗北寸前の状況下で、妥協的勝利ではなく、全面勝利を目論んだ戦略の実行を決断し、正面突破作戦を決行する。

敵と戦う前にまず「反乱軍」を鎮圧し、併せて敵を「反動勢力」と位置付ける。それが今回の解散・総選挙における総司令官であり軍師も兼ねる小泉首相の選挙戦略である。

衆院解散後の第一ラウンドは、小泉首相の戦略通りに進行している。その一部をこのコラムで分析してみることにする。

■「郵政解散」ネーミングの勝利

衆院解散・総選挙のネーミングは重要な意味をもつ。その選挙の特性、イメージを決定付けるからである。

解散・総選挙を決断した直後、8月8日夜の会見で、小泉首相は自ら「郵政解散」と名付けた。翌9日付以降の新聞各紙は、朝日を除いて、「郵政解散」を社説や特集・連載のタイトルや見出しに使っている。

総選挙の焦点をメディアを通して、「構造改革で民間主体の小さな政府を目指す郵政民営化賛成勢力」=小泉自民党、公明党=と、「官主体で大きな政府を維持したい郵政民営化反対勢力」=自民党造反勢力、民主党など全野党勢力=の対決という構図に持ち込むことにまずは成功した。

小泉首相の戦術はさらに手がこんでいた。10日には、自ら名付けて新聞各紙の多くが使用した「郵政解散」の呼び名を、「郵政・ガリレオ解散」と変更するよう提案した。

これもメディア対策である。メディアは取材相手、特に権力者の取材相手が提案した名称の使用を嫌う習性がある。

政治的にニュートラルな事案であった「阪神淡路大震災」(政府側の名称)でも、多くのメディアはこの名称を使わず、「阪神大震災」で通した。

小泉首相とメディア対策に長けた飯島勲書記官ら側近は、あえて定着しかけた名称を否定してみせたのである。これには以下のような、小泉首相のメッセージが込められている。

「私が当初名付けた『郵政解散』の名称は撤回しましたから、どうぞ自由に総選挙のタイトルをつけてください。ただし、私は既に名付け親の立場を放棄したので、『郵政解散』を使っても結構ですよ」

こうなると、メディアは「郵政解散」の使用に躊躇しなくなる。

民主党の岡田克也代表は「郵政解散」に反発し、幾つかの代案を提案したが、後の祭りである。岡田氏の代案を使うメディアは一つもなかった。

■「竹中擁立」はガセネタか

小泉首相が、民営化法案に反対した自民党前議員すべての選挙区に対抗馬を立てる方針を明らかにし、その第1弾として小池百合子環境相(比例近畿)を小林興起氏(東京10区)の対抗馬として擁立すると決めた10日、永田町をある噂が駆け巡った。

反対派の中核の一人である亀井静香・元政調会長の選挙区である広島6区に、竹中平蔵・郵政民営化担当大臣(参院比例)を擁立するという噂である。一部メディアは「擁立有力」と報じた。

自民党の反対派は早くも足下が乱れている。選挙向けの新党構想はあっという間にしぼんだ。

党の公認を得られない反対派は、自民党の看板も、自民党の金庫も、自民党総裁の印のある借用証書も使えない。選挙向けの新党立ち上げにも失敗した反対派は、現行の公選法では圧倒的に不利な無所属で戦うしかなくなっていた。

そこに小泉首相が「刺客」(対抗馬)を送り込んでくる。しかもその第1弾はタレント出身で現職閣僚の小池氏である。

11日付の読売「スキャナー」によると、「竹中擁立」の情報は、反対派の会合の席で、1枚のメモによって伝えられた。

この記事によると、亀井氏は「望むところだっ」と吠えたそうである。しかし、実のところは冷や汗を流し、肝をつぶしていただろう。

記事では「竹中擁立話はガセネタだった」とあるが、単なるガセネタであるはずもない。これも飯島秘書官らが仕掛けた情報戦に違いない。「擁立有力」と報じた一部メディアは巧妙なリークの罠にひっかかったのだろう。この記事では、午後4時に竹中氏が首相官邸を訪れ、小泉首相との会談後に擁立話を否定したとあるから、相当に手のこんだ情報戦である。

■「刺客」はいくらでもいる

小泉首相が、反対派全員の選挙区に対抗馬(刺客)を立てる方針を明らかにした際、反対派や野党、メディアの一部は、そう簡単に大量の対抗馬は擁立できないだろうと考えていた。

しかし、それはとんでもない間違いである。対抗馬はいくらでもいる。何もこれからあわてて民間人を探すこともない。「身内」に数多くいるからである。

国会議員にはある習性、方向性がある。参院議員なら衆院議員、それも比例区ではなく選挙区に鞍替えしたい、比例区の衆院議員なら選挙区に転出したい、という習性、方向性である。

小泉首相はこの習性、方向性を利用すればいいだけのことである。東京10区への擁立が決まった小池環境相も衆院比例区選出である。

参院比例区選出議員なら本人にとっても、党にとっても都合がいい。本人にとっては衆院議員、それも選挙区選出議員になれるチャンスだからである。党にとっては、参院比例区議員が衆院議員に転出するため何人辞職しても不都合はない。その都度、次点者が繰り上げ当選するから、議席数が減ることはない。しかも、鞍替えする本人も、繰り上げ当選する次点者も、ともにチャンスを与えてくれた小泉首相に感謝する。

小泉自民党有利な情勢下ならば、対抗馬擁立に困ることはない。国会議員以外からの自薦他薦組も増えてくる。

小泉首相の戦略、戦術は事前に周到に準備されたものである。(2005年8月12日記)

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