クリントン大統領下の日米関係 1993年3月Libre
1月20日、クリントン・アメリカ新大統領が就任しました。豊かなアメリカ再生を目指し、”変革”をキーワードに描げましたが、同時に国民に対して。”犠牲”をも求めるなど、史上3番目に若い大統領の就任とは思えないほどのしたたかさもみせています。内政、外交ともまだ具体的政策を提起する段階ではありません。また外交の継続性からみて、日米関係がブッシュ大統領時代に築いた「グローバル・パートナーシップ」から大きく逸脱することはなさそうです。しかし、アメリカ国民に対して投げ掛けられた。”変革”と”犠牲”というキーワードはそのまま、日本政府に対しても当てはめられるのではないかという気がしています。1000億ドルを超える貿易黒字を抱えたまま、日米経済が順風満帆というわけにはいきそうにありません。
タテからヨコの関係へ
「民主党政権が国内経済重視だから、クリントン政権は日本に厳しく当たるのではないか」という識者の意見が多くありますが、そもそもブッシュ政権時代でも、企業風土や慣行にまで踏み込んで是正を求めた日米構造協議など、相当ハードなやり方をしていました。
クリントン大統領がどのような対日政策を取るかまだまだ不透明な部分が多いのですが、現時点でいえるブッシュ政権との違いは、ブッシュ大統領が太平洋戦争を経験した戦前派であるのに対して。今度の正副大統領コンビは、ともに1960年代に青春を送った、日本でいえば団塊の世代に当たるということです。
また、アメリカが民主主義世界防衛の名のもとに戦ったベトナム戦争に対してすら批判的だったということは、世界の戦後史の骨格だった米ソ対立すら、旧世代のアメリカ人とは違った感覚でとらえていたはずです。
さらに1960年代のアメリカで特徴的なのは、黒人を中心とした少数派の人権を守る”公民権運動”が盛んだったことで、クリントン大統領の閣僚登用をみても、そうした人種問題への問題意識がはっきりと表われています。
とにかくクリントン大統領にとって、トランジスタラジオから繊維製品、自動車にいたるまで、物心ついたときから日本はすでに、アメリカの競争相手だったのです。この点は新政権を理解する上でかなり重要な視点となるでしょう。日本が敗戦国であるというよりも、アジアの経済大国であるとのイメージのみが大きいはずです。ですから、アメリカで実施していることが日本でなされない場合、ハンディキャップなしで「なぜ」という疑問も沸き起こってきましよう。
こうしてみると、ブッシュ大統領の世代が、多少でも日米関係を。”タテ”関係で見ていたのと比べて、クリントン大統領の場合は完全に”ヨコ”の関係でみているはずだということです。
相次ぐ懸案も浮上
クリントン大統領は、選挙戦からアメリカ経済の競争力低下を外国企業のせいにするのではなく、アメリカ企業自身の問題ととらえていました。そうした点からみれば、政権がクリントン大統領に代わったからといって、直ちにアメリカの対日政策が大幅に変更するとは考えられません。
しかしながら、日米間にはあまりにも多くの個別の懸案が横たわっています。まず新多角的貿易交渉(ウルグアイ・ラウンド)でのコメ市場開放。ついで、ミニバンや四ドア多目的車の関税引き上げ交渉。日米協定で92年までて外国系半導体の日本でのシェアを20%まで拡大すると約束した問題。鉄鋼製品のダンピング提訴.選挙で公約した米包括貿易法スーパー301条(不公正貿易国と行為の特定・制裁)の復活など、広範囲で多くの分野にまたがっています。
とくにコメ開題ではウルグアイ・ラウンドが決行しない場合、全精米者協会(RMA)がこの春、不公正貿易慣行であるとして日本を訴える構えいわれますし、経済摩擦が一挙に政治問題化する可能性も出ています。
80年代後半のように日本経済が好調で、日本側が譲歩することによって日米関係を良好に保てる時代は過ぎました。日本経済はそれこそバブル崩壊をまともに受けて、景気の底をはっているような状態ですし、日本社会自身も政治改革など難問を抱え、政党の再編論が浮上するなど難しい局面に立たされています。
黒字1000億ドルの重み
アメリカからみると、問題はやはり日本の貿易黒字にあるといわざるをえません。1000億ドルの黒字の重圧です。日本の対米貿易黒字も80年代後半こそ一時的に減少しましたが、昨年から再び増加傾向にあります。個々の問題では経済交渉を通じて懸案を解決してきましたが、統計数字でみる限り、日米の経済関係は改善の跡がみられません。
クリントン大統領は就任前日の演説ですでに、「外交の第一の目標を経済安全保障に置く」と言明しています。日米とも世界経済をリードする役割を担わされているわけですから、日米”ヨコ”関係を重視するクリントン大統領にとって、まずはアメリカ経済の活性化を図るわけですから、日本に対しても内需拡大を求めるのは当然のことでしょう。
アメリカ経済が期待ほどどよくならない場合は、議会を中心に対日強硬策が生まれ、太平洋をはさんで再び日米経済摩擦が吹き荒れる可能性の否定できません。
逆に日本としても、アメリカに対して財政赤字削減を求めやすくなるでしょう。現在アメリカ財政にとってもっとも重要な懸案はガソリン税の増税による税収確保であるといわれます。これがアメリカ国民が耐える最初の”犠牲”になるかどうかわかりません。
いずれにせよ、クリントン大統領がアメリカ経済再生のため、国民に何らかの犠牲を強いることは避けられそうにありません。そうなると日本としてもいつまでも”特殊論”を振りかざし続けるわけにはいかなくなります。
実は3年前の日米構造協議でも「日米双方の努力」が建て前でした。クリントン大統領は、今回は本音でアメリカの努力を提起しているのですから、日本としてより”結果”の伴った努力が求められるでしょう。ここらあたりにブッシュ流の「ハンマーで日本市場をこじ開ける」方法とは違ったクリントン流儀が垣間見られるようです。宮沢政権とクリントン政権との間で、今後どのようなパートナーシップは組まれるのでしょうか。日米間はまだまだ厳しい時代が続きそうです。(共同通信・伴武澄)