ラムサール条約とは 1993年6月Libre
湿地保全を討議するラムサール条約会議が、6月上旬、国内有数の湿地地帯に隣接する北海道釧路市で開かれました。皇太子ご成婚と時期がかかさなったため、国内での報道は地味でしたが、開発途上国も含めて95カ国から、政府関係者や自然保護団体の1217人が参加して、国際的関心を集めました。他国間にまたがる水系と種の保護、政府開発援助(ODA)など、国際協力の面で話し合いか進んだことは重要なことです。日本の環境保護行政の根本を問われる場面もありましたか、北方の小都市での大規模国際会議の開催や、非政府組織(NGO)参加型の会議運営など得かたい経験の蓄積となりました。
NGO参加のユニークな組織
ラムサール条約は世僕界の温地保全を目的とした国際条約です。水系と大地の接点である湿地は、もともと動植物の安息の場であったのですが、これまで大規模開発の犠牲にさらされることが少なくありませんでした。
こんにちまでの開発の反省から、欧米では自然征服型の開発から、自然との融和を目指した開発が必要との認識が高まっています。たとえば、河川改修でコンクリート詰めの堤防や、曲がりくねった流れを人工的に直線にするなどという工事は、水系が本来持っている自浄作用を阻むのではないか、といった問題提起が真剣に討議されるようになっているのです。
水質汚濁や大気汚染といった間接的に人類に被害をもたらす公害問題だけでなく、動物や植物の生存という根源的な生態保護のあり方を間うているのがラムサール条約です。
会議の迦営の特徴は、政府機関や企業に加えて、これまで直接的に声を反映しにくかったボランティアやNGOが多数参加していることです。咋年6月、ブラジルで開かれた『環境と開発に関する国運会議』(地球サミット)でもそうでしたが、こうした会議にNGOが参加するのは、世界的な流れとなってきつつあります。
環境闘題は、もはや政府機関と保護団体が対立する図式では解決できず、知恵を出し合って協力していくことが不可欠、との認識に立っているからです。
今回の会議で焦点となったのは、①湿地の賢明な利用(ワイズユース)、②登録湿地の保令、③湿地保護区の設立、④国際協力、などの問題です。
会議で、スマート条約副事務局長は各国のレポートをもとに、多くの国で温地が危機に瀕しており、湿地リスト作成の必要性を強調しました。アジアからの代表は、この3年間で、中国やインドネシアなどの加入で9から13に増えましたが、パキスタンでは環境破壊や規模縮小で湿地の数が減少した例や、ヨルダンでも水資源開発のため、壊滅状況にある湿地の例などが報告されました。
アフリカでも湿地は危機的で、フラミンゴの生息で有名なケニアとザイール国境のナトロン洲での国際協力の例も出され、先進国からの財政、技術的支援が不可欠であるとの認識が強まりました。
会議で特徴的だったことは、日本など先進国が考えている以上に、途上国の環境問題に対する認識が高かったということです。湿地のワイズユースに関して。「アセスメントの法制化の義務づけ」の是非が論議されました。日本は、「途上国を中心に受け入れられない国が多く出る」と反対しましたが、逆に途上国側が、「ラムサール会議の手引きに基づいて、自由で法制化を進めたい」と反論、法制化に賛成する側に回りました。
環境基本法が障害となった日本 この結果、アセスメントの義務化では日本が矢面に立ちました。反対したのが日本だけだったからです。日本では現在、環境基本法の制定を国会で審議しています。地球的環境の保全のため、企業や国民がそれぞれ労力や資金など応分の負担を求めた法案は、成立まであと一歩までこぎつけていましたが、解散で廃案となってしまいました。
この法案にアセスメントの義務化を盛り込んでいなかったため、会議で日本代表は、「ワイズユースを進める勧告」に盛り込むことに反対。「法律以外でも湿地の保全は可能」という論議を展開して、結局、勧告案では表現を和らげることで参加国の合意をみました。
一方、会議で日本側は、途上国の湿地保全のための「湿地保令基金」に対して、1000万円を拠出することになりました。3年前、スイスで開かれた前回会議で創設され、欧米各国などから3000万円程度が集まっていますが、日本はまだ拠出していなかったからです。
これまで日本の登録湿地は4ヵ所のみでしたが、会議を機会に霧多布湿原、厚岸湖、別寒辺牛湿原、琵琶湖、谷津干潟、片野鴨池の5ヵ所が追加認定されました。
北海道のウトナイ湖の問題では、北海道開発庁が検討している千歳川放水路計画について、自然保護団体から、「生態系が損なわれる」との問題提起があり、途上国側も閔心を示しました。
ODAをめぐっては、日本政府のケニアでの上下水道建設が問題となりました。1991年にナクル湖近くにある、人口30万人のナクル市に水道施設を完成させました。下水道を伴わなかったため。大量の廃水が湖を汚染する恐れがでてきたため、追加的に下水施設の建設で協力することになりましたが、これは政府が、環境アセスメントをきちんとしなかったことが問われたのです。
環境は積極的に破壊する意思がなくとも、結果的に生態系の崩壊につながる恐れもあるため、とくにODAなど国際協力では、慎爪さが必要となってきているのです。
地方から世界の環境を考える時代 今回の会議は地方の小都市で開かれたため。運営に対して不安が持たれてぃましたが、結果は杞憂に終わったようです。過去に滋賀県大津市で、湖の水質保全を問う『琵琶湖サミット』が開かれた経緯もあります。環境問越のようにじっくり話し合いが必要な会議は、とくに地方都市で開く意義が高いようです。
環境問題は1989年、パリの『アルシュ・サミット』(主要先進国首脳会議)を契機に世界的論調となり、昨年のブラジルの環境サミットで最高潮に達しました。環境保護を伴わない経済成長は結局、人類の進歩につながらないという環境と成長のリンケージが高らかにうたわれました。
せっかく高まった環境議論の火を消すことはできません。ラムサール条約会議を契機に、もう一度身近な環境問題を考えてみる必要があるのではないでしょうか。(共同通信・伴武澄)