ようやく薄日が差し始めたという日本経済ですが、景気回復を後押しする総額13兆2000億円の総合経済対策が4月早々に打ち出されました。民間経済はバブル期を頂点に3年目の景気後退に入っています。企業収益は極端な減収減益が続き、設備の余剰感に加え、労働力も人手不足から人余りへと大きく変化しました。賃金はベースアップの圧縮と産業残業時闘の大幅短縮で実質目減りしているのが実情です。この結果、GNPの60%を占める消費も湿りがち。一向に回復の兆しが見えてきません。1987年、円高不況の後に実施された6兆円規模の景気対策はその後の日本経済を押し上げる大きな効果を果たしましたが、逆に株式や地価の急上昇に伴い、バブルの元凶とも批判されました。今回の景気対策は日本経済にどのような影響を与えるのでしようか。曲がり角にある日本経済を検証してみました。
 強まる円高容認
 今回の不況は「資金デフレ」とも「構造不況」とも呼ばれています。資金デフレとは、過去のバブル期の経済の実態以上に上昇しすぎた株式や地価など資産価値が下落したため、必要以上に消費や設備投資を控える心理が広がっているということです。また構造不況は戦後の不況が円高や石油ショックといった外部要因が引き金となっていたことに対して、今回は大企業による横並び思考であるとか不効率な管理部門の肥大化であるなど、日本経済が内包している弱みが不況の底流にあるとする考えです。
 ですから、これまでのような景気対策では、再び日本経済を浮上させることはできないとの指摘も多くありました。かつてないボーダーレス社会では、日本だけで通用するシステムでは世界で生き残れない、という問題提起もあります。
 この際、経済のシステム全体にメスを入れて構造改革をしなければいけない、という考えも強いのです。
 折りしも、為替は今年に入ってから急速な円高が進み、低迷する企業をさらに圧迫しています。1ドル=100円時代ももうすぐそこに迫っているといわざるを得ません。これまでですと、欧米の金融当局と協調して為替安定のために介入したのでしょうが、今回ばかりは円という通貨だけが独歩高となっており、逆に円高を容認する声すら高まっています。
 宮洋首相の訪米では改めて日米貿易収支の大幅黒字問題が浮上し、自動車やコンピューターなど分野別で交渉する方向性が打ち出されました。
 国内景気を考える上で、もはや予算の追加措置や金利水準だけで語ることはできなくなっていることが分かっていただけたと思います。
 新社会資本整備への期待
 今回の景気対策は総額13兆2000億円と、10兆7000億円と過去最大だった昨年秋の経済対策を大幅に上回りました。3月21日に成立した93年皮予算(総額72兆3548億円)と比べてみれば、その規模の大きさが分かります。
 次いで道路や港湾、農業基盤整備といった従来の公共事業に加えて、新たに大学や研究所などの施設整備や、光ファイバー通信網の整備を公費で進める「新社会資本整備」という概念を設けたことも特徴です。
 公共事業の概念としては教育や環境などは馴染まないものでしたが、基礎研究を支える大学や公的研究機関の設備や環境整備を加えることによって、公共事業の恩恵にあずかれる産業分野を広げました。
 また国民生活の向上という観点からは、住宅政策では住宅金融公庫の融資対象戸数を5万件増やすなどで融資枠を1兆8000億円拡大。所得税関連では、住宅ローン減税の控除額の上限を従来の25万円から35万円に引き上げました。また高校生、大学生を持つ家庭の負担を減らす特定扶養控除も、現行の45万円から50万円へと5万円アップしました。
 ただ国民的関心を呼んだ所得税そのものの減税は、財源不足を理由に見送られました。今後、税制の抜本改革のなかで検討することになりましたが、ペースアップがあっても税金や社会保険料として引かれる上、教育費や住宅ローンの重圧に悩むサラリーマンにとって早期実現が望まれるのではないでしょうか。
 薄日さす日本経済
 日本経済の状況を判断するいくつかの指数が春先から上向いています。住宅着工件数は昨年後半から金利安を反映して高水準を維持、3月の自動車販売も上向きました。また産業分野では電力需要や鉱工業生産指数もマイナスからプラスに転じています。おカネの流通状況を示すマネーサプライも久々に前年水準を上回りました。
 しかし、これまで日本経済を引っ張ってきた個人消費と産業界の設備投資の勢いは依然として低水準です。もちろんバブルの資産効果でバカ売れした高級乗用車やブランド品の購買意欲が復活するとは考えられませんし、水膨れした設備投資がそう簡単に以前の水準に戻ることは簡単ではありません。個人にとっても企
業にとってもそうしたバブルの部分が回復すれば、再びバブルの時代を迎えるということですから、国民としてはあまり期待したくありません。
 問題は急速な円高が、せっかく薄目が差しかけた日本経済に冷水をかけるのではないかという心配です。輸出企業にとって、一割の円高は円の手取りを一割減らすということですから、たいへんなことです。自動車業界の一部からは、「1ドル=150円を超える水準だと、日本で自動車を組み立てるよりアメリカで組み立てた方が安くなる」という指摘まで出ています。家電業界も東南アジアでの生産を拡大する動きに拍車がかかっていますし、そうなれば製品の逆輸入という現象もこれからどんどん増えていくことでしょう。
 そうなると国内の雇用に非常に大きな問題が出てきます。いわゆる産業の空洞化が起き、国内で働く場が失われてしまうということです。前回の円高でも同様の指摘がありましたが、産業界は円高をバネとして短期間に国際競争力を回復、国内需要の拡大などで逆に人手不足時代を迎えました。
 しかし今回ばかりは円の水準が競争力の極限に近づいていることに加えて、バブルヘの警戒感が強いことなどから、さらに競争力の回復を期待する向きは多くありません。企業としても、「競争力を回復すればするほど円高が進む」というジレンマに気づき始めているからです。
 宮沢首相は生活大国を掲げました。経済成長のスピードを上げるよりも、安定した速度で成長する社会の実現を期待したいものです。(共同通信・伴武澄)