平成不況は、バブル時代に肥大した組織と設備を背負い込む日本企業を直撃、長期化の様相を見せている。自己責任原則を忘れ、横並び意識の強い過当競争に明け暮れた結末だが、そうした中でも堅実さを失わない企業があり、時代を先取りした経営で既存業界を脅かす企業も出現している。
 「繊維に学べ」-正月明け早々、富士通の関沢義社長が日本橋の東レ本社を訪れ、前田勝之助社長に「不況の素人が不況の玄人に学びにきました」とあいさつした。電機や自動車など1980年代に時代の寵児となったハイテク産業にとって合繊業界に頭を下げるということは並大抵のことではない。
 二度のオイルショック、そして円高不況と度重なる苦境をくぐり抜け、これまで生き抜いてきた業界から何とかノウハウを学びたいということだ。
 この3月期決算では7割、8割の経常減益という企業が増える見込みの中で、東レは7%減にとどめ、10年ぶりに収益トップに踊り出ることが確実視されている。見積り額になった知恵くらべのケースもある。オフィスビルでも最近では建設コストの値下がりで、バプル時代の6割程度の価格で建てられるケースが目立っている。

 経理部門を独立採算性へ
 経理部門のリストラは二つの方向に大別される。一つは間接部門として要員削減を図るものであり、他は収益部門に変身させ、独立採算のぺースヘ乗せることを図るものである。
 S社でぱ損保代理店業務を経理部門が担当、350人に及ぶ従業員の車両、家屋、家財を対象とした保険業務の取次ぎ手数料で独立採算制を確立している。
 上場企業でぱ横川電機のケースが注目される。本社の経理課(総員14人)で本社経理のほか、連結決算の対象となる企業グループの会社全部の経理を統括する分社化を図った。新会社の当面の目標はまず子会社の経理要員(合計210人)を削減することである。グループ各社の経理部門は決算書の作成事務から解放されるなどで、グループ全体の経理要員を50人削減することである。
 これまで本社の月次決算は、決算を締めてから3日で確定していたが、連結の月次決算をまとめるにぱ約1カ月かかっていた。これは本社と子会社、関連会社の取引について複雑な調整勘定の処理作業があるためで、新会社に事務を集中することで連結調整による時間短縮が出来て、最終的には単独、連結の同時決算、同時発表が可能となるのである。これにより連結経営のリスクを大幅に低減する。さらに将来はグループ以外の企業に対して経理代行サービスを行うことも射程距離に入れようとしている。中小企業が経理コスト削減のため、この新会社を活用する時代が来ると見ているのである。

 首切りよりも生かす
 「ホワイトカラーいじめに明日はない」のテーマで提言をまとめたのは三菱総合研究所。不況対策で中間管理職の人員削減が相次ぐことへの異論である。提言の中で「固定費圧縮のために高賃金の40~50歳代の管理職を切るのは、社員の士気を低下させ、企業イメージを悪くする」と指摘し「若年人口の減少による労働力の不足が21世紀には訪れる。切らずに生かすことを考えるべきだ」としている。
 一方、お荷物社員として整理の対象とされる層を分析し「何でも屋のゼネラリストが多く、機械では代替できない専門能力を持っていない」「上司と部下の調整役というタイプに偏り、分権化が進んで、組織が求める決断力に対応できない」などをあげ、これを再生させるために「実務に強い専門知識を持つ教育機関を活用、ピラミッド型組織を改め、横断的に企画を担う部内、専門的業務部門などに分ける」などを提言している。

 緊急避難もある
 新規学卒の採用についても、従来のカラを破り「業務計画に沿った人材を選ぶことで採用人数を抑制、昇進や年功序列ではなく、社員の選挙による選抜など競争を促進すべきだ」としている。実践経営者にとっては「理論としては理解はできるが、緊急避難の立場に追いつめられれば、なりふりかまっていられないといいたいようだ

 合理化は在籍者減で
 東レはバブル時代、他産業が大量採用に走る間に、従業員の大幅圧縮を実現した。87年3月に1万7000人だった社員は、92年9月には1万3800人へと3200人も減っている。しかも、平均年齢が「1、2歳下がった」(西村健副社長)のが特徴だ。
 大手鉄鋼各社も、円高不況をきっかけに大規模な人員削減を実施したが、その内容は子会社や関連会社への出向が主で、『好況になってリストラの手綱が緩んだだけでなく、今となっては出向者への人件費補てんが重荷になってきている」(吉崎武新日鉄副社長)のが実情だ。出向者への人件費の補てん額は、新日鉄で年間500億円、神戸製鋼所400億円、住友金属工業300億円規模。93年3月期決算の予想経常利益をはるかに上回る金額だ。
 前田勝之助東レ社長が人員削減に当たって重視したのは「在籍者を減らす」ことだった。東レで働く人員が減っても、東レに籍を置いたままでは出向先との賃金差の補てんや社会保険料の会社負担などが大きく、人件費の削減効果が少ないからだ。この伏線として、それまで実施したリストラでは「本社の人間は減ったが東レの在籍者は減っていなかった」という反省がある。
 人減らしで東レが実施したのはレイオフでも勧奨退職でもない。早期退職時の退職金割り増し制度を45歳まで引き下げることによって、間接的に早期退職を促した。飯島英胤総合企画室長は、「人不足時代で転職がブームだった80年代後半に退職しやすい環境を作っただけだ」という。
 その結果、別会社として設立した転職斡旋会社などを通じて外資系企業や地方の優良中小企業への転職が相次いだ。もちろん、東レにとっての有為の人材も去った。東レ時代に課長だった人が、外資系企業の副社長となっているケースもある。「現在のような時期にやめるのは再就職も難しいが、当時は人材が売り手市場。ほとんどの人がいい所に再就職できた」(西村副社長)。
 人減らしと設備投資だけが不況対策ではない。オイルショックの時は人工皮革のエクセーヌに期待が集まり、円高不況の時は炭素繊維が注目された。そして今回はインターフェロンが大きな支えとなっている。「次の好況時に向けだ技術開発の芽が育っていることが最も重要だ」(東レ)いえよう。

 課長が2000人
 松下電器産業は課長クラスに勉強会の開催、他社との交流を奨励している。昨年暮れ、海外部門のある課長がクラレの役員を訪ねた。
 松下電器産業は従業員7万人。課長が2500人もいるという。課長の人数だけで大企業がひとつできる勘定。「組織が巨大化しい外部との接触が減り、内部の調整ぱかりが増える」という構造的問題を抱える。
 クラレからみれぱ松下は大企業。「かつて松下幸之助さんに水道哲学を学びに行った」間柄だが、不況が立場を逆転させた。
 クラレはビニロン、ポバール。グラフレックス(乾式不織布)など独自商品が多い。急成長は望めない代わりに過当競争に巻き込まれにくい体質だ。今回の不況でもほとんど収益を落としていない。ピニロンは戦後、日本が開発した初めての合成繊維。かつては学生服の素材の代名詞ともなったが、現在では同社の用塗開発によってアスベストの代替素材として建築用に多用されるようになっている。欧州では石綿アスベスト代替素材として90%のシェアを占める。
 「小さくと秘他社がやらないものを地道に手掛ける」(中村尚夫社長)のがクラレのモットー。「まねした電器」とヤユされる松下の企業行動とは対照的だ。
 「シェアよりも利益」を追求する経営で、バブル崩壊後、日本の企業が転換した経営姿勢を既に先取り実践している。

 高炉を脅かす東京製鉄
 鉄鋼業界で注目されているのは、電炉大手の東京製鉄だ。電炉業界はくず鉄を再生して建設用の型鋼や棒鋼を生産してきた。
 東京製鉄は、これまでも徹底した合理化により高い収益力で定評はあったが、大手鉄鋼各社の業績の大幅落ち込みによって、92年9月中間決算では大手各社の業績を尻目に新日鉄をも抜いてトップに立ち、高炉を脅かす存在」に成長した。
 電炉は高炉と比較して経営規模も小さく、くず鉄市況に左右されやすい体質がある。業績の逆転は高炉各社にとって「一時的な現象」では済まされない深刻な問題をはらむ。
 東京製鉄は昨年2月、高炉の牙城である熱延鋼飯(ホットコイルに電炉で初めて進出、さらに増設がうわさされている。
 同社がこの進出に成功したのは高炉メーカーの撤退で汎用品市場が年間300トンを超える大きなマーケットとなり、橋梁、鉄塔用等で輸入品に納期、サイズの豊富さ、価格で優位に立ったから。
 これまで巨額の投資が必要だった鋼飯生産は、資本蓄積が小さい電炉には無理があり、住み分けが定着している高炉の得意分野に進出するには大きなリスクが伴った。しかし、小回りの効く生産設備の開発により、電炉による鋼飯生産に必要な投資は4分の1程度まで低減、資金面から参入が可能となった。

 くず鉄の活用
 電炉業界はこれまで「電炉屋」として軽くみられてきたが、アメリカでは約10年前から電炉業界が台頭、既に粗鋼生産の4割以上を占める地位を築いている。鉄鋼はプラスチックなどと異なりリサイクルしやすい。しかも産業機械や橋梁、自動車など20年程度でくず鉄となって大量に市場に出回る。
 アメリカでくず鉄が資源として認知された時期が、アメリカの高炉の衰退が始まった時期に重なるのはそうした理由からだ。
 日本の鉄鋼業の生産のピークは20年前の1970年代前半。「日本の大手鉄鋼には、20年来のアメリカの高炉業界の姿が生き写しになる」(大手鉄鋼役員)という指摘も出てきている。日本の大手鉄鋼にとっても「くず鉄の活用は死活問題」となることは確実だ。
 高炉各社が直面している課題は、まさにリサイクル資源としてくず鉄の活用なのだ。