謹賀新年。今年初めの夜学会。実は今月で夜学会は10年を迎えることが分かった。始まったのは2015年1月23日だった。はりまや橋商店街で木炭を販売し始めてまだ1カ月。友人の村島さんが商店街の空き店舗を借りて、楽しそうに音楽をやっていた。次々と仲間がやってきて輪が広がっているのを見て、「夜だけ貸してもらえないか」と交渉した。一晩5000円で借りることになった。僕の頭にあったのは、その前年過ごした土佐山の山嶽社だった。明治初期、自由民権運動が高知に澎湃として起こり、人々は地域に学び舎をつくっていった。いわゆる結社である。最盛期には200カ所近くあったというからすごかった。藩閥政府は「結社」などは許さない。そんな時代、高知だけは違っていた。そんな「結社」をつくりたいとひらめいたのだった。

 今年は板垣退助らが国会開設請願書を政府に出してから150周年を迎える記念すべき年となる。高知市立自由民権記念館は平野貞夫氏らによる「3じじ放談」の収録を手始めにイベントを続ける計画だ。はりまや橋夜学会としても、初心に戻って「国のあり方」を考えていきたい。どんな国にしたいのか。「民主主義を今一度洗濯する」などいろいろ考えた末、たどり着いたのが「上質な国」というイメージである。

 司馬遼太郎さ んは、小説『菜の花の沖』の中で小説の中で主人公の嘉兵衛に「他の国を譏(そし)らないのが上国だ」とも言わせている。なかなか含蓄がある。19世紀、日本がまだ開国に到らない時期、淡路島の水夫から身を起こし、蝦夷地と上方とを結ぶ大回船問屋に発展させた高田屋嘉兵衛の一生を描いた小説で、愛国心ということについて語っている。
「愛郷心や愛国心は、村民であり国民である者のたれもがもっている自然の感情である。その感情は揮発油のように可燃性の高いもので、平素は眠っている。それに対してことさら火をつけようと扇動するひとびとは国を危うくする」

 もう一つは義という概念である。英語で言うジャスティス=正義ではない。論語の一節に「義を見て為さざるは勇なきなり」ということわざがある。「目の前に困っている人を見かけたら、見て見ぬふりをするのではなく、手を差し伸べることの出来る人こそが、勇気を持った人である」という意味だ。 この言葉は日本の武士道の根本であり、最も大切にされてきた心だ。中国語でボランティアのことを「義工」という。義の工作(行い)という意味である。

 デンマークはプロイセン・オーストリア軍との戦争に敗れ、1865年に最も肥沃なシュレスヴィッヒ・ホルシュタインの両州(自治公国)を失った。それはデンマーク国民にとって屈辱的なことであったが、しかしデンマークは、領土回復の夢を追わず、残された国土をフルに活用しようという小国主義に転換した。それを指導したのがダルガスという一人の工兵士官だった。彼は「外に失ったものは内に取り返そう」と呼びかけ、ユトランド半島北部の土地は沼地と原野の広がる荒蕪地を森林に変え、それによって冷害と水害を防止し、ジャガイモ畑と牧場にした。植林にはさまざまな失敗の末、親子二代で樅の木を育てることに成功した。それを支えたのは熱心なユグノー(プロテスタント)の信仰心であった。『デンマルク国の話』の話は、1911年に日本の内村鑑三が講演で紹介し、教科書にも登場して広く知られるようになった。