ガソリン税の一部を減税する「トリガー条項」の凍結解除に関する協議が本格化してきた。トリガー条項とは、総務省が毎月発表しているガソリンの全国平均小売価格が3カ月連続で1リットル当たり160円を超えた場合、価格に上乗せされるガソリン税53・8円のうち上乗せ分25・1円が免除される制度。発動されれば、単純にガソリン価格が1リットル当たり約25円安くなる仕組みだ。トリガー条項は、民主党政権時代の平成22年度の税制改正で導入された。20年に燃料価格の高騰が続いた際、同年4~9月の1リットル当たりのガソリン価格の平均が167円まで急騰したことを基準に置き、条項の発動条件を160円に設定した。ガソリン価格は一時的に急騰する場合も多く、価格の上昇が継続していると判断するのに3カ月が必要とした。だが、23年に発生した東日本大震災の復興財源を確保するため同条項は凍結され、現在も凍結されたままだ。

 1998年に書いた「租税特別措置法で2倍払わされているガソリン税」を以下に再掲する。

 本当のガソリン税は半分の28円
 日本の税制の根幹の問題として、租税特別措置法(租特法)の在り方を考えてきた。なじみのない税法だろうと思う。景気対策として「2兆円減税」が国会で決まった。日本政府としては珍しく早い”支給”となる。サラリーマンはこの2月の給与で恩恵にあずかれる。所得税と地方税を減税するのだが、1年限りの措置である。こういった臨時的な増減税では本則である「所得税法」などには一切手を付けず、租特法という別個の法改正で処理される。所得税や地方税法を改正するとまた1年後に同じ法律をもとに戻す手続きが必要になる。租特法で「所得税法を1年間・・・・する」という条項を付け加えると、手続きは1回で済む。「当分の間」の措置ための便利な法律なのだ。
 これだけでは租特法のどこが問題なのか分からない。しかし「本来1リットル28円であるはずのガソリン税が租特法のおかげで53円になっている。しかも24年間にもわたって暫定的な増税が続いている」ことを知れば、黙っていられないはずだ。いまの日本には、「暫定的」に導入され、そのままになっている制度があまりにも多い。多いだけではない。実は2、3年で延長を繰り返す租特法というシステムの中に永田町にも霞ヶ関にもおいしい利権構造が隠されている。

 法人税法を読んでも分からない法人税
 石油業界は毎年のようにこの「ガソリン税の暫定税率を本則の1リットル28円に戻す」よう政府・自民党に陳情している。しかし、聞き入れられた試しはない。それどころか逆に、ガソリン税は増税に次ぐ増税を繰り返してきた。一般にガソリン税というのは「揮発油税」と「地方道路税」を合わせたものをいう。ややこしいのでガソリン税で通す。
 ガソリン税増税の姿を変えたのはオイルショックであった。1974年のことである。財源不足を補う目的で租特法によって「2年間の暫定措置として」増税された。2年後、増税は撤廃されなかった。さらに2年間の延長となった。次は増税となった。延長と増税を繰り返し、暫定税率は1リットル当たり53円にまで高くなった。商品の最終価格に占める税金の割合が50%を超えているのはガソリンをおいてほかにない。ガソリン価格がリットル100円を切る昨今では6割にもなっている場合がある。
 租特法の創設は1957年。景気や財政状況などに即応するための時限的な税制だ。第1条には「当分の間、所得税、法人税・・・(ほとんどの税法が列挙)・・・・を減免するための措置」と記されている。減免措置は省エネや公害防止、不況対策など法人税に関する項目が多い。所得税関連でも住宅買換特例や老人マル優制度など国民生活に身近な項目もある。六法全書を紐解くと、法人税のページ数より、租特法の法人税に関するページの方が多いことに気付くはずだ。法人税を読んでも現在の法人税の体系などは分からないほどに法人税法が租特法によって歪められている。
 本来は税金を「軽減」するための法律であるにもかかわらず「増税」にも多く使われている。もっと問題なのは「軽減」の方はちゃんと「当分の間」で終わっているのに、「増税」の方はほとんどが長期化しているということだ。ガソリン税のほかに、軽油取引税、自動車重量税、自動車取得税などなぜか自動車と石油関連が多い。税金が足りない時には「取りやすいところから」というのが政府の常套手段で、最初は「当面の間」のつもりがいつのまにか「税収に不可欠な税率」と化しているのである。

 政治・官僚用語の「当分の間」は「未来永劫」
 この租特法の矛盾を解明しようと調べたことがある。まず大蔵省の主税局に「租特法を勉強するにはどんな本を読んだらいいか」聞いた。いままさにノーパンしゃぶしゃぶ接待疑惑の渦中にある偉い人たちが課長クラスで並んでいた。当時は、消費税導入前夜で大蔵省は人材の主税局シフトを行っていた。ある課長補佐は「そんな本あるわけないでしょ。法人税イコール租特なんだよ」と教えてくれたが、大学で租特法の意味など教えてもらっていない身の上としては言っていることが分からない。
 仕方がないので、知り合いの大学の先生に租特法の専門家を紹介してくれるよう頼み回った。筑波大とか東海大で取材した教授は、確かに租特法の意味を詳しく教えてくれたが、たどり着いた租特の専門家はみんな国税庁OBだった。租特法の仕組みはともかく、意味合いが衝撃的だった。まず「当分の間」の意味について聞いた。だれに聞いても学問的定義は「5年、長くて10年が定説」だった。また「ガソリン税や自動車重量税など道路建設の特定財源として定着しているものは、本則のガソリン税法などを改正するのが本来の税制のあり方」との説明もあった。にもかかわらず自民党では「当分の間は未来永劫」という認識だった。永田町と国民のギャップは政治資金だけではないようだ。
 年度ごとの税制改正は12月、永田町の自民党本部ビルが主戦場となる。党税制調査会では業界の要請や各省庁の意向を代弁する族議員が激突、最終的には党三役がそれぞれの利害を調整して一気に決着する。その際”電話帳”と呼ばれる改正候補項目を羅列した分厚い冊子が存在し、中身は8割、9割が租特法の新設・改正なのだ。この時期は、国民にとって無関心な租特法が政治家にとって最も意味のある季節となる。そして、「当分の間」が実は政治家にとっても官僚にとってもうまみのある制度となっているのだ。
 法人税関連では、業界ごとに特例措置や軽減措置が星のかずほどあり、その軽減措置が2、3年の暫定期限となっていることが多い。このため、産業界は軽減措置の期限が近づくたびに「延長を求めて」永田町への陳情を繰り返さざるをえない。自民党への業界の”貢献度”が試される先生方にとっておいしい季節なのだ。業界が、減税措置の延長を求めるたびに「そのたびごとにあいさつが必要」(石油業界幹部)となる。大蔵省の若手官僚でさえ「”電話帳”は族議員の小遣い帳みたいなものだ」と漏らす。租特法の多用が政治と業界の癒着の温床になりやすいとの指摘は根拠がないものではない。

 アメとムチがひとつの法案に
 自動車と石油関連の税収総額のうち暫定上乗せ分は約5兆円にも達している。暫定とはいえこれだけの税収があるだけに、ただちに本則に戻せという議論はあまりにも乱暴だが「税務当局は暫定のままでいることをおかしいとは思っていないようだ」(大手自動車役員)という不満は根強い。暫定が長いのも問題だが、暫定措置があまりにも多く、その暫定措置が法人税や所得税の本則を読んでも分からないよう税制が複雑化しているところに本当の問題がある。必要な法人税は法人税法に書き、必要なガソリン税は揮発油税法と地方道路税法に盛り込むのが正道だ。税務当局と業界と政治家にした分からないような税制は一度、ご破算にする必要がある。
 財源を確保するのが目的の官僚にとって、租特法の強みはアメ(減税)とムチ(増税)がひとつの法案で国会に提出される点だ。ガソリン税増税も環境対策への減税も同時に議論されるため、どうしても増税反対の矛先が鈍りがちになる。
 日本の戦後税制で長期化する租特法の特例・暫定措置を本則に組み込んだ例はない。「1989年の税制改革はレーガン改革にならって日本の税体系を整理する絶好のチャンスだった」はずだ。租特法による本則と実際の税負担のかい離は税体系を複雑化、形骸化するだけでなく、簡素化を目指した税制改革に逆行する。 臨時・暫定・特定国家の断面がここにもある。