田中康夫『日本を』を読み直している。長野県知事だった時代に本人からもらった。地方自治の要諦が随所に書かれてある。市議会議員にとってとても参考になる。「官から民へ」時代、田中康夫は「公」コモンズを提唱していた。まずは学校給食の食材を地産にした。野菜、果物、肉、牛乳から鶏卵までを地産にしようとした。教育委員会ができないといった。農政部に働きかけると、職員が小中学校に働きかけて実現してしまった。長野県ではオーガニック給食議員連盟が誕生しているが、その先駆けが「地産」だったのだ。30人学級も実現した。足りない教職員に対して社会人経験者というと特別枠を設け、青年海外協力隊経験者にもその枠を広げた。長野県は森林率8割を超える森林県。県道に木製ガードレールを導入した。当然、県内事業者が受注した。

公共事業では脱ダム宣言が有名だった。長野県には補助金に頼らない小さな自治体が少なからずあった。栄村では、豪雪期に除雪車が作業できるよう道路の幅員を広げる際、国の規格を満たさないかぎり補助金が出ないことを知り、自前で道路を建設することに決めた。高橋村長は「道はまがりくねったままでいい。お前の家の休耕田に土地を少し出してくれ、夏に帰省した若者たちの手を借りて一緒に道路をつくろう、というスタイルで、国の基準で道路を造る場合に比べて六分の一から七分の一の金で道路を整備した」「高齢化に対応するため、村主催のヘルパー養成講習会を開き、160人の村民が介護士二級、三級の資格を取得した、いずれの村にもヘルパーが誕生し、ヘルパー一人が人口16人、戸数6戸をおおむね担当する形で、夜中でも下駄をつっかけて駆けつけられる体制になっている。名付けて「下駄履きヘルパー」という。毎年12月から3カ月、農業や林業の人々を日当1万5000円で非常勤特別公務員として15人雇用。午前3時から午後7時まですべての村の除雪を行い、高齢者の家の雪下ろしを手伝っている。田中は水平補完のコモンズと言っている。

下條村の伊藤喜平村長は、合併浄化槽の導入によって自前で98%の水洗トイレを実現した。下水道を作れば国交省から7割の補助金が出るが、完成後の維持費は村の負担となる。村にはノウハウはないから日本下水道処理事業団に委託しなければならない。農水省が所管する農業集落排水も同じだ。伊藤村長は迷わず、合併浄化槽を選択し、六分の一から七分の一の事業費で生活排水の処理に成功したのだ。