約4年前、水道の民営化を促す水道法が改正された。この政策が進められると日本の水道は外国資本に支配される。そんな危機感から、高知市議選に立候補する決意を固めた。すぐに耳に入ったのは浜松市の情勢だった。すでに下水道がフランスのヴェオリアの傘下に入り、まもなく上水道も民営化されるというスケジュールになっていた。反対派の住民運動は4月の統一地方選の立候補予定者に水道民営化の是非を問うた。自民党を含めてほとんどの候補者は反対を表明した。驚いた鈴木市長は記者会見を開き、民営化を凍結すると発表した。住民運動のアイデアが功を奏したのだった。ヴェオリアは同じフランスのスエズとともに世界の水事業を二分し、水バロンと呼ばれる巨大企業だった。

次に分かったことは、高知市上下水道局にそのヴェオリアの子会社が入り、料金徴収業務を行っているという事実だった。県内に事業所がなければ、民営化の入札に参加できない。浜松市の場合はそうだった。そうか、高知の水道も狙われているのだ。でなければ、高知市に世界的水道会社が進出するはずはない。調べてみると、そのフランス企業は全国180を超える自治体で料金徴収業務を始めていることが分かった。危機感は高まった。

数日後、高知市の西にある須崎市で下水道の民営化を進めていることが分かった。灯台下暗しとはこのことだ。幸い、須崎市にはフランス企業は来なかった。国内企業のコングロマリットが落札した。

トランスナショナル研究所が翻訳した「最後の一滴まで―ヨーロッパの隠された水戦争」というドキュメンタリー映画のDVDを入手して、ヨーロッパでの反民営化のうねりの大きさを学んだ。実は世界の水道事業などほとんど知識がなかった。かつて世界規模で水道が民営化され、今、その反省から公営に戻す運動が各地で展開されていた。パリ、ベルリンともに水道は市民の手に戻っていた。イギリス労働党は選挙公約に水道の公営化を掲げている。地方行政の大きな課題の一つが企業から水道の利権を取り戻すことだった。翻訳の監修者、岸本聡子氏はその後、「水道、再び公営化」という本を書き、杉並区長に当選した。

4月の高知市議選では、落選した。投票から3カ月前の立候補決断は遅すぎたかもしれない。だが、水問題を市議選で訴えたのは間違いなかったという確信を得た。高知市議会でも話題になり、上下水道責任者が「高知市の水道は民営化しない」と答弁した。

選挙後まもなく、仙台市の弁護士からメールが来た。宮城県で水道の民営化に反対する運動を進めようとしていた。市民はおろか県会議員の多くは民営化の危険をまったく知っていない。それどころでない。村井知事は「水道民営化という時代の最先端」を走っているような口調で得意満面だった。世界的に見て日本の水道民営化が周回遅れであるという意識さえ持っていなかった。シンポジウムを開くのでぜひ、高知市議選での経験を話してほしいというのである。ネット世界はすごい。仙台から高知市議選での僕の行動や言説を見ていたのだった。

宮城県の市民による反民営化運動はうまく展開できなかった。選挙の争点にできなかったからだ。宮城県議会は、知事の進める民営化路線を承認し、くだんのフランス企業を中心としたコングロマリットが公募で交渉の優先権を獲得し、一昨年9月、県議会でその企業連合による買収が決定した。昨年4月から宮城県は日本初めての民営事業となっている。今後、20年間という長い間、県民はこの会社から水を買うことになる。万が一、公営に戻したいと思えば、巨額の賠償金を支払わなくてはならない。買収契約に明記されている。一方で、宮城県水道事業を借金の担保にいれることや他企業に売却する権利がある。

水道管の老朽化は、大きな財政資金を要することから、全国的課題となっている。しかし宮城県のコンセッション契約では、水道管の更新は宮城県の義務となる。民間企業はおいしい部分だけで経営できるのだ。ある意味、令和の不平等条約といっていい。ちなみに、ヴェオリアが提案し、政府が導入したコンセッション方式のコンセッションの本来の意味は「租界」である。水道租借地がこれ以上広がらないことを切に希望する。

問題は、浜松問題も宮城県問題も、マスコミで水道問題はあくまで地方ネタとしてしか報道されず、全国的ニュースとして取り扱われないことだ。水道民営化が国民的議論とならない背景である。

日本の水道民営化策は、ほとんどコンサルタントとしてのヴェオリアによって立案され、実施に移されている形跡がある。何十年もの間、世界の水道事業に君臨してきた企業である。霞が関官僚などは赤子をひねるようなものである。ヴェオリアは、どの自治体に次の照準を合わせているのか。公共サービスの民営化はある程度仕方がないかもしれない。だが、命の源である水道だけはノーだ。

大阪維新の会はもともと、大阪府と大阪市による水道の二重行政問題を提起して市民の支持を得た経緯がある。維新の会は、選挙公約として民営化を掲げたこともある。ヴェオリアの次の標的は大阪かもしれない。