リンカーンの国と賀川豊彦 夜学会153

講師:伴武澄
日時:4月10日(金)午後7時から
場所:はりまや橋商店街Water Base

 ひょんなことから、Kagawa in Lincoln’s Landという本の存在をみつけた。1936年、賀川豊彦は恐慌後のアメリカ経済立て直しに貢献するために、アメリカに渡った。各地で約半年の間に100回以上の講演をこなした。イエスを説き、協同組合経済の構築の必要性を説いた。一連の活動を書籍化したのが、この本だ。

 この本を編集したのは、アメリカのキリスト教団体と協同組合の全国組織だ。この本は賀川を単なる東洋の伝道者として描いているのではない。人種を超えた世界的伝道者として絶賛していることに驚きを覚えずにはいられなかった。賀川の名前はすでにアメリカで知られていた。多くの書籍が翻訳されており、自伝の類もいくつか書かれていた。
 ある町の教会で賀川の講演が開催された。教会はすぐ満員となり、急きょ、第二、第三の会場まで設営された。賀川の話を聞くために100キロ以上も車を走らせた青年に賀川の演説はどうだったか聞くと、「すばらしかった」と答えた。何がすばらしかったのかを聞くと、実は「よく聞こえなかった」と答えた。青年は賀川の生の声を聞くだけで満足していたのだった。
 この一週間、世界中を恐怖に陥れたスペイン風邪に賀川はどう対応したのだろうか考えた。賀川の幾つかの著作をひもといたが、不思議なことに賀川の著作には1918年のスペイン風邪のことはほとんど出てこない。日本で39万人もの人が死んでいるのにどうして?と思ったが、神戸のスラムでは感染症の猛威を上回る劣悪な生活環境があったからだと、すぐ納得した。

 アメリカでの留学を終えて帰国したのは第一次大戦の最中だった。戦争が終わり、日本には不況が訪れた。貧しさを克服するため、賀川は救済だけでは足りないと考え、労働組合を結成し、生活協同組合を組織した。当時、世界で蔓延したのは感染症だけではなかった。ロシアで成立した共産革命の猛威もまた若者を中心に広がっていた。

伴武澄 について

新聞記者を定年退職後、高知市へ帰り、旧鏡村でシイタケとクレソンを栽培しながら、はりまや橋商店街で毎週金曜日に露天を商い、その夜に「夜学会」を開催するスーパーおじいさん。
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