苦難に対する態度

2週間前、政府が7都市に緊急事態を宣言した。外出を自粛し、接触を8割減らさなければパンデミックが起きるというのだ。工場が閉鎖され、夜の飲食街を含めて街はほぼ壊滅状態が続いている。まともに賃金がもらえるのは公務員と大企業、そして年金生活者ぐらいだろうと思っていた。政府は国民に一律10万円を支給することを決めた。くれないよりましだろうが、毎月くれるはずもない。収入がなくなり生活を切り詰めなければならなくなる。バイト先を失った学生たちはすでにそんな生活になっているだろう。

国家が非常事態や緊急事態に陥ると、まず食糧の確保と生活インフラの確保が一番大切だ。価格の統制も不可欠になる。マスクが売り場からなくなりネットで高値で売買された。これが食糧に伝播することはないだろうか心配になる。

まずは食糧の確保だ。スーパーや食料品店は幸いにも営業を続けている。都市機能がマヒしているヨーロッパやアメリカで飢え死にしたという話は聞かない。運送業者に新型ウイルスが蔓延していないからだろう。運送業者に感染者が出て休業を余儀なくされたら危ないと考えるのが普通だ。

待てよ、携帯の支払いが滞ると携帯端末は直ちに利用できなくなる。電気は請求日を過ぎて50日から70日経つと送電を止められる。ガスも同じようなもの。水道だけは支払いがなくとも6カ月まで供給され続ける。収入減によって生活インフラまで脅かされる事態を想定しなければならなくなる。そんなことも考えた。

そこで今のところ健康な我々にできることは何か考える。賀川豊彦が1923年9月の関東大震災で始めたことを思い起こそう。賀川は本所深川にテント村を設営した。家を失った人たちがテント村に集まった。そして炊き出しを始めた。親が働くために子どもを預かった。お金のない人に割安の質屋を開設した。職業紹介も行った。社会福祉などという概念さえない時代のことである。今なら行政の仕事を一つひとつ始めた。

伴武澄 について

新聞記者を定年退職後、高知市へ帰り、旧鏡村でシイタケとクレソンを栽培しながら、はりまや橋商店街で毎週金曜日に露天を商い、その夜に「夜学会」を開催するスーパーおじいさん。
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