世界恐慌に直面した時、賀川豊彦は米国で協同組合普及の為の講演を依頼された。その総まとめとして1936年、ニューヨークのロチェスター大学のラウシェンブッシュ講座で「Brotherhood Economics」と題して講義した。講義の内容は同年末、ニューヨークのハーパー社から直ちに出版されて、十数ケ国語に翻訳され、注目された。特に戦後ヨーロッパの欧州連合(EU)構築の思想的背景になったともいわれる名著である。

 「キリスト教兄弟愛と経済改造」はその草稿として一九三五年三月から六月まで『雲の柱』に連載した賀川の国家論、世界論である。「Brotherhood Economics」は唯一、日本だけでは出版されず、2008年の賀川豊彦検献身100年記念事業の一環としてコープ出版から『友愛の政治経済学』としてようやく翻訳出版された。

 賀川の協同組合論としては、大正8年6月に出版した『精神運動と社会運動』の中の「主観経済学の組織」、大正10年6月出版の『自由組合論』(警醒社)がある。

 これらをもとに、協同組合論の総括として昭和15年4月、387ページに及ぶ『産業組合の本質とその進路』(協同組合新聞社)を書いた。

 若干20歳でスラムに入った賀川が取り組んだのは、「救貧活動」だった。貧しい人々を救うのが目的だった。だが、その後の米国留学で賀川が学んだのは「救貧」だけでは人々を貧困から救うことは出来ないということだった。社会システムそのものを改造する必要を痛感したのだった。貧しい人々に必要なのはまず、働く場である。ついで働く人々が団結することも学んだ。つまり労働組合を組織して経営者と交渉することを痛感した。一方で働く人々が購買組合を組織することで商人に搾取されないような流通システムを構築する必要性も考えた。現在のコープショップである。さらに人々には安いお金でかかれる医療施設も不可欠だった。

 本書に書かれた賀川豊彦の通貨論はとてもユニークである。

「金本位は要するに物々交換を合理化しただけのことである。未だ物品本位経済から意識経済本位に移っていない時においては、頗る重要な役割を演ずるものである。しかし、一国内においては不兌換紙幣を流通させても、その国家にある社会勢力の流通が比較的容易に統制がとれる為に(国家に信用ある場合)、物々交換を本位とする金本位制度に頼らなくとも、意識経済の社会勢力本位主義で十分やって行けるのである」

 現代のわれわれはカードで買い物をし、カードで借金をしている。国家が流通させている「通貨」を使用していると錯覚しているだけなのである。すべてが信用を本位として経済が成り立っていることをもっと自覚しなければならない。

 賀川豊彦は、キリスト教の兄弟愛を中心にした協同組合で経済を改造すれば、人々を貧困から救い出すことが出来るという考えに到達した。世界の貧困の原因に資本主義があることが前提にあったのは当然であるが、ソビエトが行った暴力革命には頭から否定した。その第三の道として賀川の中で育まれたのがキリスト教兄弟愛経済だったのだ。