『賀川豊彦セレクションⅩ』の第2巻の発行に向けて自炊作業が加速している。ほぼ9冊に改題をつけたところである。
 第2巻の冒頭は『傾ける大地』というへんてこなタイトルである。『傾ける大地』は昭和5年11月5日、改進書房から出版された。版を重ねたかどうか資料がないから分からない。テーマは地方政治であり、民主主義である。兵庫県高砂町での競馬場と遊廓誘致をめぐって地元政界のどろどろしたやりとりが主題となっているが、改革派の人々もやがて守旧派に取り込まれていくという現代でも通用する課題を取り上げている点がなかなか痛快である。
 そうした社会問題を取り上げながら、主人公の恋愛問題を絡ませるストーリーの展開は多くの賀川小説に共通している。
 興味を抱いたのは、資本主義社会について興味深い分析である。
「今日の都会というものが、七、八割通りまで無益な刺激の結晶体である商品を取り扱う為に出来ているんです。化粧品店、活動写真館、縮緬問屋、煙草屋、香水屋、酒屋、砂糖屋、料理店、カフェ、待合、遊廓、芸者屋、運道具店、雑誌、寄席、東西屋、劇場、金魚屋、楽器屋、ラジオ屋、数えて行けば限りはないが、それが無ければ、人間が餓死するといったようなものは一つも無いじゃありませんか」と主人公の杉本に語らせている。
 僕自身、30年以上マスコミという「無ければ人間が餓死するような」なりわいとは対極的な仕事に従事してきただけに、胸にグサッとくる表現であり、刺激的なジャーナリズム批判であると考えさせられた。小説に中に、何人か新聞記者を登場させているが、社会問題を描きつつも結局は権力の犬となる姿が描かれる。現代にも通用するジャーナリズムに対する鋭い眼差しが八〇年前の賀川にあったことは驚きである。
 矛盾だらけの社会に対して主人公杉本がたどり着いたのが、地球が傾いているという宇宙のなせる業だった。この小説のタイトル『傾ける大地』の意味が最後の最後になって語られるのである。
「ああ、そうだ、地球は二十三度半傾いているのであった。そして人間の欲望もまた、それにつられて二十三度半傾いている」。そして「新しい村もやがては古くなり、改造された社会もまた二十三度半傾いてしまう」というのである。
 小説に賀川が語らせるこのクライマックスは意味深長である。賀川が生前、最後に上梓した大著『宇宙の真理』に通じる想像力をかきたてさせるものがある。
 杉本は「永久の道を歩かんとする者は、傾かざる大地の領域外に安住しなければならない」と考え、故郷を捨てブラジル移住を決意するところで小説は結末を迎える。(伴武澄=2012年3月26日)
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