土佐山に観光施設はあるかと問われたら、ないと答えるしかない。ないない尽くしの山村であるが、短期間ではあるが住んでみて、自然そのものが見るべきもの、楽しむべきものだと思っている。山を眺め川を愛で大気を感じるそれだけで意持ちがよくなる空間がそこにある。
 そんな土佐山で「ゴトゴト石はどうやって行けばいいのか」、二度ほど聞かれたことがある。僕自身も春先に同じ質問を村の人にしたことがある。平石にあるバルという地元産品の販売所には土佐山の”名所”を示す大きな地図があり、そこにはゴトゴト石と書いてあるから、たぶん多くの人はその地図をみて興味を示すのだろうと思った。
 桑尾の集落から北に山道を登ったところにある。途中、家は数軒しかない。登りつめると見晴らしのいい場所の向こうに山姥の滝があり、ゴトゴト石がある。5トンほどの大きな石で注連縄が巡らしてある。風水上のパワースポットでもあるらしい。子どもでも動かせるが決して落ちない。それだけのことである。入場料を取るほどのものでもないから人も来ない。
 問題は県道から道案内がないということである。桑尾の集落、といっても小さなものだが、その中を旧道が通っている。実はそこに立派なサインがあるが、ふだん車が通るところではない。
 7月からそのことが気になっていて、いつか自分で案内の板を据え付けてやろうと思った。実現したのは9月22日、アカデミーの終了式の翌朝だった。看板にする板は炭焼きの時にあった太めの樫の木。チェーンソーで三ツ割にしてもらった。杭はまた30センチ以上もあるヒノキの丸太。これはツリーハウスを制作する時に切った間伐材の残りだ。
 問題はどうやって文字を書き込むかだった。焼き入れも考えた。墨汁で書くことも考えたが、手っ取り早く黒のペンキで書くことにした。一つは「ゴトゴト石、右」という簡単な文面と「山嶽社跡 右3km」「山嶽社跡 左300m」のペア。前者はユズの農産物出荷場の前の県道、後者は菖蒲集落に向かう県道16号の分岐点とその先の西川集落への分かれ道に据え付けた。
 最初、杭を道ばたに打ち込むつもりだったが、県道の管理者である高知県の許可が必要だということだった。めんどくさいと思ったのが実行の遅れた原因だ。そこで倒れないような太い杭に看板を打ち付けて道ばたに置いておけば、文句を言われた時に「置き忘れた」と弁明できると考えた。
 この問題に関しては賛否両論があろうと思う。徳島県神山町の町おこし組織、グリーンバレーの責任者である大南さんが話したことがふと思い出された。「町の道路に企業の名前の入った標識を立てることは道路法に違反するということだったが、われわれはそれを強行突破した」。看板ひとつ立てるのにも行政の大きな壁があったというのだ。
 大南さんに言わせると「そんな乱暴な手法は全国でも例がなかったが、1年3カ月後に徳島県が先頭になって企業名の標識を道路に立てられるように動いた。もともとの発想はアメリカにあった。ハイウエーを走っていると企業名の入ったアドプト・ア・ハイウエーという標識がある。高速道路を区切って企業に掃除をさせ、そのスポンサー名を掲示していた。アメリカってすごいなと思ったんです」
 道案内の看板は終了式の準備をしていたその前日に制作した。我ながら無骨な文字を書き込んだ。ペンキで字を書くことはそう簡単ではない。みなにみせると好評だった。素人の手作りらしくていいというのだ。賞められたのかけなされたのか分からないが、誰も見ていない早朝に道案内を秘かに設置した。
 翌日、勘ちゃんから「台風で倒れないように針金で固定して置きました。地元で評判になっています」とのメールがあってなんとなくホッとしている。ゴトゴト石の道案内をみたら、あー伴さんが立てなんだと思い起こして欲しい。