全国に広がるセカンドハンドの新田イズム

 友人を通じて知った。なんともさわやかな印 象だった。1998年4月27日、萬晩報に新田さんのことを書いた書き出しはこんな風だ。
 「だいだい色の屋根とクリーム色の壁って緑の木々にマッチするんです」。ボランティアを始めて、三つ目の学校がカンボジアにできた。2月末、カンボジ ア政府から復興功労メダルをもらった。新田恭子さんは、フリーのアナウンサー。高松市に住み、香川県からアジアや日本を語る。カンボジアにかかわり始め て、日本や日本人の在り方が気になりだした。
 http://www.yorozubp.com/9804/980427.htm
 セカンドハンドは今年4月にNPOから公益社団法人に昇格した。当然のことでこれまでの功績から考えて遅いく らいである。21日は東京地区の支援者の集まりだった。十数人が仕事後に集まったが、当然面白い人が多かった。「人を育てる」というセカンドハンドはカン ボジアの子どもたちだけでなく、日本のも若者にも多大な影響を与えている。
 実は12年前に新田さんは朝日新聞の「ひと」の欄に取り上げられ全国的に知られる存在となった。その記事を書いた福間大介記者も当日、会合に参加してい た。福間さんによれば「当時、四国新聞だったと思うが新田さんの活動が紹介されていて、なんとかこういう人物を全国に紹介したいと思った。僕はまだ1年生 記者だったので地方版に記事ばかり書いていたが、デスクが『ひと』に書いたらいいといってくれた。僕にとっても全国的に掲載された初めての記事が新田さん の『ひと』で、記念すべき記事なんです」と話してくれた。初任地で出会った人たちは記者にとって一生忘れられない存在となるが、福田さんはとても恵まれた スタートだったはずだ。
 以前、高松の友人に「新田さんは香川の宝だ」といったら「いや四国の宝だ」と言い返されたことがある。いまや「日本の宝」といってもいい。日本ユネスコ 連盟主催の青年ワーキングキャンプに参加して、現地の大学生と一週間寝食を共にして、図書室の修復を手伝った。図書館は出来上がったが、今度は本がないこ とを知った。ないないづくしのカンボジアに学校を建てようと古着ショップを始めた。セカンドハンドの始まりである。
 話の中でイギリスのオックスファムという慈善団体があることを教わった。初めて聞いた名前だった。不要になった家庭用品を販売して慈善活動に使うシステムで、オックスファムはイギリス国内に何十店舗も持っていてデパートみたいな店舗もあるというから驚きだった。
 新田さんはオックスファムのシステムをまねて高松から世界に向けてその存在を示すようになった。高松に2店、丸亀、広島のほか福岡や大阪、北海道にも ネットワークを広げている。まさに一粒の種が蒔かれて事業が拡大している。このネットワークのほかに面白いのは最近「セカンドハンド・ユース」が誕生し、 新田さんらに育てられ高松から全国に巣立った学生たちを中心にそれぞれの場で活動の輪が広がっていることである。官に頼らず自分たちで何でもやってしまお うという精神はこれから不可欠な行動となっていくだろう。(伴武澄)

伴武澄 について

新聞記者を定年退職後、高知市へ帰り、旧鏡村でシイタケとクレソンを栽培しながら、はりまや橋商店街で毎週金曜日に露天を商い、その夜に「夜学会」を開催するスーパーおじいさん。
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