2007年01月22日(月)在米ジャーナリスト 堀田 佳男
 年が明けてすぐ、自宅近くのカフェでコーヒーをすすっていると、左隣に座った青年と眼があった。「ハーイ」という言葉こそ発さなかったが、共に軽くうなづくようにして会釈した。
 短く刈りこまれたダークブロンドの髪、Vネックのセーターの上からでもわかる鍛えられた体躯。真剣にスポーツをやっている空気が漂う。けれども瞳にはどことなく醒めた光が乱反射していた。
「スポーツは何を?」
「いや、特別には。高校時代に水泳をやっていたけれど」
 すぐにマークという青年は昨年4月まで、イラクのアル・アンバー省という所に派兵されていた海兵隊員であることがわかった。訊きたいことが山ほどあった。イラクのナマの戦況、米兵たちのブッシュ政権への本音と戦争に対する率直な思い。いくらでも質問はあった。
 だが、彼がどこまで話をしてくれるかはわからない。戦場について落ち着いて話ができるのだろうか。ゆっくりと、弱火で肉をローストするようなペースで質問をだした。
 マークは「あそこでは葛藤を抱えていた」と素直に口を開いた。イラクに到着するまでは民主主義の確立とテロとの戦いという名目を信じており、戦うための大義名分を持っていた。しかし現地に赴き、イラク戦争の不条理さを痛感する。
「イラク人はアメリカ人を本当に毛嫌いしている。現地に入って理由がわかった。無理やり馴染みのない民主主義を押しつけても、イラク人がすんなりと受け入れるわけがないんだ。考えてもみてほしい。仮に日本がアメリカに軍事侵攻してワシントンを陥落し、日本式の政治システムを強要したとしよう。いくらブッシュがアホでも、アメリカ人は『それはあまりにも横暴』と必ず反発する。この点を理解しないブッシュはアホ以外の何ものでもない」
 マークはアメリカ憲法の下で宣誓してイラクに派遣されたが、他国の民主主義を守るためという名目で宣誓したわけではないとはっきりと話す。さらに、わたしが予想していた通りのことを口にした。
 派遣された地域の戦況について「戦術的にどうやっても絶対に勝てない。米軍があそこで勝つことはない」と明言したのだ。アル・アンバー省というのはバクダッドの西側で、スンニ派がおもに居住している地域だ。海兵隊が作成した極秘報告書にも「unwinnable(勝利不能)」と記されていると話す。
 米軍は今後2万人を増派させ、イラク治安維持軍の訓練を加速させる。ブッシュはいまでも勝利可能とふんでいるが、イラクでの軍事的勝利は1年以上も前からもうないというのがわたしの見方である。戦況はベトナム化している。
 マークはさらに、米軍がイラクの国家警備隊に支給した短銃や装備が市場で売られている現実にあ然とさせられたといった。いくらフセインが処刑されても、本質的なモラルの向上がないかぎり、お仕着せの民主主義は機能しない。
 最後に「この戦争はぜったいに間違っている。死んでいった戦友たちを思うと、虚しい」と、いまにも泣きそうである。これは以前、わたしが話を聴いたベトナム帰還兵たちの心境とだぶる。この点でもベトナムと似ている。
「途上国を潰すのは3日。建国するには10年」という言葉が真理なら、あと6年ほどしないとイラクの安定は訪れない。ブッシュは内なる声に耳を傾けなくてはいけない。(敬称略、2007/1/6)

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