2007年01月20日(土)前ガーナ大使 浅井 和子
 年末、前ガーナ大使の浅井和子さんの『民間大使、ガーナへ行く』(文芸社)が上梓された。ガーナに土佐のよさこい踊りを持ち込んだことは萬晩報でも紹介したことがある。ガーナを愛しガーナ人から愛された3年間だった。そんな日本人は多分、100年前の野口英世以来ではないかと想像する。ほとんどの外交官が任地として嫌がるガーナと向き合った日々を語った本を一気に読んだ。その一部を著者の了解を得て紹介したい。

 ■国民である前に部族民
 イギリスが植民地とするまでは、ガーナでは各部族が領地を持って、それぞれチーフ(伝統的首長)のもとに独立した王国を営み、互いに抗争しながら、あるいは同盟を組んで共存していた。植民地となってからもそれまでの部族組織は維持されていたので、彼らには今でも、アカン族(アシャンテ族、ファンティ族など)、ガ族、エベ族などの部族意識が根強く残っている。その結果、ガーナ人であるという国民意識は、ガーナ国家独立後およそ50年を経た今も十分には育っていない。もちろん政府は毎年の独立記念日に、「UNITY(統一)」を強調するなど努力しているが、その意識はまだかなり弱いのである。
 首都アクラにはいろんな部族が集まっているが、ガーナ全体は昔ながらの部族の領地をほぼそのまま州にしているから、どの州あるいはどの地域出身かを聞けば、すぐに何族とわかる。もっとも現地人によると、顔を見ただけでどの部族かわかるそうである。
 日本に7年くらい留学し、ガーナ有数の高等学校の副校長をしている神父と、私はよくガーナの政治、ガーナ人気質などを議論したものだ。彼はボルタ州出身なので、ある時、
「あなたってエベ族?」
と聞いたことがあった。すると神父様は、
「とんでもない! 我々はボルタ州から独立することを考えているんです!」
と大声で言い返したので、私は、今さら何を言い出すのかと、普段の理性的な彼とのギャップに思わず大声で笑ってしまった。そしてよく聞くと、ボルタ州の最北部にはエベ族ではなく、彼のようなアカン族が住んでいるという。
 温厚でインテリの彼が、なぜ部族を間違えられたくらいでそんなにムキになるのだろうと、私はびっくりしたが、しばらくして「日本人の私が中国人に間違えられた感じ?」と尋ねると、「そうだ! そうだ!」と同意した。
 だから一口にガーナ人といっても、この小さな国土に日本人と中国人と韓国人とが一緒になって一つの国家を形成しているようなものだ。部族によってまったく言語が異なり、英語という共通語がなければ各部族間の意思疎通もできない。
 そう理解すると、ガーナ共和国の政治の難しさがよくわかる。大統領が閣僚を選ぶときも各部族のバランスを考えているし、国民が大統領を選ぶときはもちろん自分の部族の出身者に投票するのだが、同じ部族出身の大統領が何代も続かないように配慮するバランス感覚もある。
 ガーナにおけるこのような部族やその首長であるチーフ制は、現在の憲法のもとでもその維持が明文化されている。各部族のチーフのもとには多くの村落が存在し、その村落にもそれぞれ小チーフがいて、部族ごとにチーフを頂上とするピラミッドを形成している。
 チーフは、自分の村へ帰れば赤、黄、緑など色鮮やかな伝統的織物の大きな布を体に巻きつけ、金の指輪やビーズの大きなネックレスなどの装身具を身につけてチーフの正装に戻るが、普段は別に職業を持っている。警察学校の校長や、郵便局に勤めているチーフにも会ったことがある。
 そういえば、私も政府援助で電線を配線した村で儀礼的にチーフに選ばれたことがあった。名誉村長とでもいうのだろうか。私のチーフ名は「アフィア・ニャルコム・アブロヌマ」(金曜日生まれの鳩の女王、すなわち平和の女王)という名で、偶然、本名の平和の和の「和子」と同じなのでとても気に入った。ちなみに、ガーナでは曜日を名前にすることが多く、たまたまチーフに選ばれた日が金曜日だったので、そのように名づけられたのである。
 あるとき私は大使館の現地スタッフに、
「ガーナ人にとってチーフってどんな存在なの?」
と尋ねてみたことがある。すると、
「たとえば大統領に呼びだされたとして、もしそのとき自分の都合が悪ければ、別の日に変更を要請するが、チーフに呼びだされたらその日がどんなに都合が悪くても、絶対にチーフに従う」
というのが、ガーナのインテリであるそのスタッフの答であった。

 大統領より偉い「アシャンテ・ヘネ」
 チーフは憲法上の権限はなく政治的に中立でなければならないが、このように精神的な絶対君主として各部族の尊敬の的である。したがって地域の行事には伝統的なチーフの正装で出席して、席の前列中央に天蓋のような大きな傘を広げて家臣とともに鎮座することになる。
 またチーフは世襲制ではなく、チーフの一族、主に甥たちの中から部族民の尊敬に値するような人格と能力の持ち主が選ばれる。それは村落あるいは部族という組織体の存続を図るためのガーナ人の伝統的な知恵であろう。
 ガーナ中のチーフの中でも際だった権勢を維持しているのは、ガーナ第二の都市クマシを拠点とし、内陸の大きなアシャンテ州を領地とし、アシャンテ族の頂点に立つ「アシャンテ・ヘネ」である。アシャンテ州の中には、ガーナが植民地時代、ゴールド・コーストと呼ばれる理由となった世界有数の金の鉱山があり、アシャンテ・ヘネは精神的な絶対君主であるばかりでなく、実は土地所有者として大きな経済力も握っている。
 ガーナの土地は、その70%がこのようなチーフの所有地か、チーフが部族民から信託を受けて管理している土地で、ガーナの経済発展には土地制度の改革は避けて通れないと、論ずる人もいる。アシャンテ・ヘネは文字通り金持ちで「大統領よりエライ」といわれる。
 クフォー大統領はアシャンテ族なので、地元に帰ればまずアシャンテ・ヘネを表敬し、彼の前にぬかずく。大統領の車はベンツであるが、アシャンテ・ヘネはロールスロイスに乗り、独自のパトカーや護衛団も持っている。
 私は噂のアシャンテ・ヘネに会ってみたくて、所定の手続きで表敬を申し出たが、いくら待ってもなしのつぶてだった。ちょうどそのころ、在日ガーナ大使がガーナに一時帰国していた。彼がアシャンテ出身だということを思い出したので彼に頼んだところ、運よく2、3日のうちに表敬ができることになった。
「ロシアの大使は3時間も待たされて、会えたのはたった5分だけだった」とか、「アシャンテ・ヘネとは直接会話してはならず、必ず口述人を通すこと」と聞かされていた。私は、それを覚悟の上で4、5時間かけてクマシ市の彼の館に入り、応接室で待っていた。
 すると10分ぐらいたって、伝統的な衣装をつけた年配者が2、3人入ってきて、私の向かいのソファーと部屋の隅の椅子に座った。そのうち、私の座っていたすぐそばのドアが開き、比較的若い丸顔のさっぱりした感じの男性が、カジュアルっぽい布を体に巻つけて応接間に入ってきたので、アシャンテ・ヘネの秘書かな、と思っていると、その人は私のすぐ横の椅子に座った。
 すると席に入ってきた年配者の一人が、急いで彼の足元にクッションのような足置きを置き、彼は当然のごとく両足をのせた。と同時に、私の目は彼の両手に燦然と輝く大きな金の指輪に釘づけになった。そして遅まきながら「あっ、この人がアシャンテ・ヘネなんだ!」と、気づいたのである。
 彼ら主従は何やら現地語で二言、三言しゃべっていたが、それが終わると、アシャンテ・ヘネは、私に向き直って明解な英語で、
「今、日本はわが領地に何をしてくれているのか?」
 と話かけてきた。また援助の話かと、私はがっかりして適当に受け流しながらも、彼の指輪が気になって仕方がない。アシャンテ族の紋章であるハリネズミをかたどった卵の大きさほどの黄金の指輪。これを両手の指にはめる人はまさしくアシャンテ・ヘネ以外にはありえない。
 彼との話の中で、アシャンテ・ヘネが駐日ガーナ大使のことを、「彼は私のキングダム(王国)の出身だ」と言い切ったとき、首都アクラで大統領をトップとするガーナ共和国しかしらなかった私は、ガーナには今でもアシャンテ王の君臨するアシャンテ王国! が存在することを見せつけられて驚いた。
 その後2004年5月に、アシャンテ・ヘネの誕生日と就任5周年の祝いを兼ねたお祭があった。会場となったクマシ市の大サッカー場では、開会数時間前からガーナ全土より集まったチーフたちの入場が始まった。頭には金のヘアーバンド、両手には金の指輪、幾重もの腕輪、幾重にも連なった大きなビーズのネックレス、肩からは伝統的織物の色鮮やかな布をかけ、装飾のある大きな草履を履いて、お伴を連れてぞろりぞろりと歩く。それぞれ最高の正装である。
 お伴の中には大パラソルをチーフの頭にかざしている者、杖を持つ者、足置きや椅子を運ぶ者、紙で作った鉄砲を担いでいる者、太鼓を叩いている者、なかには腕輪の重みを自分で支えられないチーフの腕を支えている者までいる。おとぎ話でしか知らなかった世界が眼前に展開されているのだ。
 会場には大統領をはじめ政府要人、各国からの外交団は言うに及ばす、ナイジェリアや遠く南アフリカの伝統的首長もお祝いに駆けつけた。そして全国のチーフが入場し、招待客や大統領が入場したのち、ひときわ大きなざわめきとともに、船のような大きなカゴに担がれたアシャンテ・ヘネが、護衛団の制止もむなしく群集にもみくちゃにされながら入場してくると、会場の興奮はクライマックスに達し、怒涛のような大歓声に包まれた。
 10万人を超える観客とグラウンドを埋め尽くした色とりどりの大パラソルを見ながら、私は、「こりゃー、やっぱりアシャンテ・ヘネは大統領よりエライんだ」と納得した。
 そして500~600年は続いているガーナの伝統的社会の秩序に感嘆し、その伝統的社会が今なおガーナ人の生活に大きな比重を占めていることを肌で実感し、いつぞや大使館の現地スタッフに聞いた、チーフに対する絶対服従の気持ちもわかる気がしたのであった。

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