執筆者:色平 哲郎【長野県南相木村診療所長】

先日、東京で開かれたワークショップに参加した。

テーマは「赤ひげ」だ。

江戸時代の医師を描いた「赤ひげ診療譚(たん)」を山本周五郎が著したのは1958年。65年には、黒沢明監督、三船敏郎主演で映画化された。

「診療譚」で、赤ひげはエリート青年医師に言う。

「仁術どころか、医学はまだ風邪ひとつ満足に治せはしない、病因の正しい判断もつかず、ただ患者の生命力に頼って、もそもそ手さぐりをしているだけのことだ、しかも手さぐりをするだけの努力さえ、しようとしない似而非(えせ)医者が大部分なんだ」

耳が痛い。人間にとって死が避けられない以上、赤ひげのジレンマは永遠のテーマとの感を強くする。同時に、社会が豊かになり、医療技術が格段の進歩を遂げた今、貧しい人を無料で診療した赤ひげが医療関係者のワークショップのテーマになること自体、皮肉としか言いようがない。

赤ひげのいた小石川養生所は、患者が増えるにつれ幕府から経費を削られた。今で言う「公的医療費の削減」だ。赤ひげは激しく憤る一方で、権力者を診察した際は高額な薬代を取り立てる。富める者からは多額の診察料を徴収した。「市場原理」の導入が声高に叫ばれている現代の医療改革は、果たしてどのような方向に進むのだろうか?

医療を経済の視点だけで見れば、一人の金持ち10万円を使って十年長生きすることと、

十人の庶民が1万円で一年ずつ長生きすることは同等ということになる。しかし大切なのは、単純比較できない人々のニーズにどう応えるかだ。多くの人が半年でも一年でも長生きできる、そんな選択のほうがいいに決まっている。

ワークショップでは、現代の赤ひげ像として「バランス感覚」「人のために働ける気持ち」などの必要性が指摘された。新人医師には、医師免許取得後十年以内に一年以上の「地域医療研修」を義務化してはどうか、との声もあった。不便なへき地で住民と向き合えば、患者の「痛み」が分かる医師に育つという期待……。

時代が、技術が、そして人々の意識が大江戸の現実から遠ざかるほどに求めたくなる。

それが現代の赤ひげなのか。(いろひらてつろう)
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