大和・法隆寺近くの堤塾のこと
執筆者:上田 文男【萬晩報通信員】
大和・法隆寺の近くに知的障害をもつ人の私的な施設である「堤塾」がある。開設されて60年。お世話になっているのは、成人の男性ばかり数人で、堤家の家族の一員として生活している。この人達は生涯をここで暮らし、天寿まっとうまでお世話になることが多い。
開設以来、公的支援を一切受けないで、すべて堤家の私財で運営され、家族の協力の基に日々を送っている。塾長は56歳の堤保敏氏である。天理大学(剣道教士五段)卒業後、堤塾で修養されていたが、その二代目として堤塾の後を継いだ。
堤さんには、もうひとつの顔がある。それは、剣道場「以和貴道場」道場長としての顔である。剣道場も先代(岳父)勝彦氏の後継ぎである。以和貴道場は「心の教育」を第一義とするため、入門料は道場を磨く(心を磨く)雑巾一枚だけで、あとの費用は一切不要である。
心を教えるのにお金をもらうわけにはいかないという創設以来の基本理念である。「感謝と奉仕」が道場訓であり、それが生活の万般で実践できる人づくりが行われているのだ。
毎日、小・中学生が堤塾の敷地内の道場で「エイッ、ヤッ」と元気に稽古に励んでいる。この子たちは成長していくに従い、生活のあらゆる場面で、後輩たちの面倒をみている。稽古が遊び的でなく真剣に満ち溢れている。その稽古を通じて身につけた信頼関係の大きさ、深さに感動させられる。
堤氏は「道」とはスポーツと一面を画すところがあると言う。剣道、柔道等の武道に共通している人の心の温もりである。剣道を通じて無意識に修得している「知育・徳育」と言ってもよいだろう。
以和貴とは、聖徳太子の憲法にある「和を以て貴しとなす」に由来している。
堤塾と以和貴道場のスピリットは「同列・同根」である。そのことを基本にお互いが、お互いを大切にする生き方が大切にされている。
毎年11月3日の文化の日には、恒例の「以和貴祭」が行われ、同列同根、心の温もりを求める堤スピリットファンが近畿圏だけでなく、遠く東京、出雲、長崎などからも多数参加する。催し物があり、雅楽演奏、ウクライナの歌手、モンゴルの馬頭琴の演奏などが行われている。
堤氏が道場の子供達に本物を見せたい、体験させたいとの思いであり、出演者の人々も堤スピリットを理解し協力している。祭には屋台もあり、道場生のOB、道場生の両親、近隣のボランテイアらにより、おでん、お好み焼き、うどん、しじみ汁、長崎たんめんなども準備され参加者を喜ばせている。作ったり、食べたり、またそこが自由な語らいの場となり、心のふれあう場を豊かに彩っている。その場に居ることで心が豊かに充たされる。
不透明な現代日本にあって、私利、私欲を求めず、永年に亘って黙々とひたすら社会に奉仕することは出来そうで出来ないことである。大和の一隅に、明々と燃える心のトーチを常に掲げているこんな人がいることを紹介したい。
堤保敏氏の著書
『あわてるからあかんのや』(天理教道友社)
『あわてるからあかんのやⅡ』(天理教道友社)
『四季の絵だより』(ぎょうせい)
「絵だよりのある風景」(ぎょうせい)