執筆者:船津 宏【台湾研究家】

中国を名乗る国は半世紀前の1949年から2つある。そもそも中国がひとつだったら、「中国はひとつ」とあれだけヒステリックに叫び続ける必要もない。わが国に「日本はひとつ」と叫ぶ政治運動はない。
日本が大陸に軍隊を派遣していた時、清が滅び、中華民国が建国されたものの、各地に軍閥が割拠、国として統一感はまったくなかった。帝国主義者たちにとってはアメリカ西部開拓時代のように誰のものでもない土地がそこにはあるように感じられた。

ロシア(ソ連)もアメリカも日本もみんなその利権がほしかった。自分の領土を拡大したいと虎視眈々と狙っていた。もちろん誰もがそこは自分なりの理由を設けて自分が使うべき土地だと主張した。

ここで話題になるのが「日本の侵略」という歴史用語である。ロシアとかアメリカや英国やフランスの侵略という言葉は出てこないで日本だけが侵略なのだ。中国が各国同程度に侵略非難をやっていたら日本の反発も少ないだろう。ところが西欧は軽く侵略に触れるだけで日本についてのみ名指しで詳しく非難される。

●エリザベス女王は謝罪したか?

この日本の侵略に対して「日本は中国に謝罪していない」というのが江沢民がこの前、天皇陛下の前で偉そうに言っていたことだ。ところで香港返還の時、エリザベス女王は江沢民に謝罪したのだろうか。そもそも謝罪要求しただろうか。日本は15年間ほど、英国は150年間も侵略していたのだが。英国のような常任理事国には媚びを売り、日本のような非常任理事国で政治的に弱い国には居丈高になる。

もちろん侵略という歴史用語を使ってもいいのだが、それならば、蒋介石による台湾侵略とか、毛沢東によるチベット侵略とか、マッカーサーによる日本侵略とかいう表現も同時に使ってもらいたい。

このように侵略というのは、被害を受けたと思っている側が憎らしい相手に対して使う感情的な表現であって、公平な言葉ではない。

ロジックを捻るとこんな例ができる。明治天皇による徳川幕府侵略。徳川家康による大阪侵略。神武天皇による日本人侵略。中国共産党もほかの軍閥を侵略したから現在の国がある。こうした表現がおかしいと感じるかどうかは何によるのかといえば、現在の支配者を当人が受け入れているかどうかという基準だけだ。絶対的な正義の基準などない。

滅ぼされたチャイナの人々からは中国共産党は侵略者だろう。それでも侵略を受け入れ、これからは仲良くやっていこうと決めたからは侵略という言葉は使わないのだ。侵略という言葉を使う限り、これまでのことに納得していないし、これからも敵対してやっていこうとする意思表示になる。

日本がルーズベルトによる侵略と歴史書に書き出したら、アメリカと仲良くやっていけるはずがない。こういう表現を持ち出す以上、謝ったくらいで納得するはずがない。そもそも謝って納得する喧嘩はない。双方の心が互いに受け入れ合い、しかたないと思いつつ手を打つからその儀式として謝るのであって、謝るから相手が許すというものではない。

日米の間は手打ち式が行われた。日中の間も手打ち式があったのだが、その中国とは中華民国だった。