執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】

神戸が燃えているといったら言い過ぎだろうか。着工がほぼ決まっている神戸空港の建設を市民運動がひっくり返そうとしているのだから、運動を進めている市民にとってはこたえられない。いま神戸で起きていることは、単なる一地方の自己満足ではない。日本の政治の地殻変動が始まった証でもあるのだ。
このところ新聞の一面は、毎日のように長銀や金融再生問題をめぐる与野党の攻防で埋め尽くされ、うんざりしている人が多いのではないかと思う。小渕首相の影はますます薄くなり、菅直人民主党党首が政権獲得へ向けて自信を高めつつあるのだけはよく分かるが、政府が描いた金融再生のシナリオも野党側のそれも難解でまともに理解できない有権者が多いはずだ。

マスコミも、ニュースの渦中にいるとどうしてもニュース価値を判断する座標軸が見えなくなってしまう。日本農業の将来の方向性を決める30年ぶりの農業基本法の論議は金融ニュースで霞んでしまったし、まして神戸という一地方で起きている署名運動などはローカルニュースでしか扱われない。

すでに23万人が住民投票を求めた神戸市

だが、ここ神戸で起きていることはこれからの日本政治を映す鏡になるかもしれない。筆者はそんな地殻変動が始まったとの思いで神戸を見つめている。

8月21日から神戸市で始まった署名運動は9月20日終わった。住民投票条例制定を求める署名運動である。NHKの午後7字前のローカルニュースによると、同日夕方までの集計では署名は23万人を超えている。まだ集計は途中である。住民運動の事務局(平田康事務局長)は最終的に30万人を目指しているという。

人口150万人の神戸市の有権者数は約100万人。その50分の1の署名が集まれば、市は空港建設の是非を問う住民投票をしなければならない。すでに必要な署名の11倍が集まっている。もし30万人などということになるとこれは大変なことである。

神戸を含めてこのところの大都市の市長選では30%台の投票率しかない。神戸に当てはめると30-40万人の投票である。30万人という数字は、有権者数からみれば3割だが、投票率という変動指数を加味すると優に過半数を超える住民が住民投票に賛成の意思表示をしたといっても言い過ぎにはならない。

住民投票を求めるということは当然ながら、神戸空港建設反対の意思表示である。もうひとつ、神戸の市民運動ですごいのは署名を集めるボランティアが2万人を超えている点だ。2万人もの市民が署名簿を持って街頭に出ている図は壮観である。一人15人の署名を集めれば、目標の30万人が容易に達成できる勘定でもある。

市議会議員には「踏み絵」にも等しい効果

「空港建設を神戸復興の起爆剤に」と訴えてきた笹山幸俊市長や市議会側は、市民運動の高まりにとまどいを隠せない。神戸沖に巨大な埋め立て地を造成する空港建設事業は総額1兆円を超える計画で、地元への波及効果は計り知れない。だが、市民は「今でも伊丹空港にも関西新空港にも30-40分で行ける。東京や大阪よりずっと便利なのにこの上、なんで自前の空港が必要なのだ」といたって当たり前の感覚を示している。

署名運動はあくまで住民投票条例制定のため。これから市議会が住民投票条例を否決するのか、あるいは住民の意向を議会に反映するのか興味深いが、市議会議員の立場からすると来年4月に統一地方選を控えているだけに「踏み絵」にも等しい効果をもたらす。

公共事業が景気回復の決め手にならないことはここ7年の総額70兆円にもおよぶ政府の経済対策ですでに実証済みだ。神戸市の行政や市議会は、市民が「要らない」といっている空港をそれでもつくろうとするだろう。いったん決めた方針を撤回したり、方向転換できないのがこれまでの日本だったからだ。

だが、その結果はみえている。署名運動に参加した2万人のなかから来年は多くの新人が市議会議員選挙に立候補して、市議会の勢力図はかつてないほど大きな変貌をみせるだろう。