1992年のブッシュ米大統領の訪日についてLibroに書いた。バブル崩壊直後とはいえ、日本経済は健在、「悩めるアメリカ」などという表現があり、経済的に逆転した日米関係があったのだ。29年前を思い出して、その後、日本経済がほとんど成長していない現実にあらためて驚かざるを得ない(2021年5月13日)

 ブッシュ米大統領の今回の訪日は、ソ連邦消滅後の世界秩序をどのように構築するか、日米の首脳同士でじっくり話し合うのが目的でした。世界秩序維持の手段が軍事から経済に移行するなかで、日本の地位向上は目覚ましいものとなっています。日米のグローバルな協力関係強化をうたった『東京宣言』は、そうした背景から生まれました。世界のGNPの40%を占める日米が協力していく必要性が改めて強調されたことは、日本 国民一人ひとりにとっても、重い責任として認識されなければならないでしょう。
 一方、アメリカにとって、大統領選挙を秋に控えて、経済の立て直しも重要な政策課題のひとつでした。「アメリカの雇川維持と対日貿易赤字解消」の旅でもあったのです。訪日に多くのビジネスマンを随行したことはまさに異例で、アメリカのマスコミから『物乞い外交』との厳しいレッテルを貼られましたが、日本に対して、アメリカ経済の苦悩を強く印象づけたのは事実です。
 また官邸夕食会で、ブッシュ大統領が倒れ たハプニングも、日米のマスコミを賑わせましたが、その後のスケジュールを予定通りこなすなど、ブッシュ大統領の今回の訪日にかける意気込みを、日本国民に訴える効果は充分でした。
 ブッシュ大統領は、90年代の世界政治経済をリードする役割りを引き続き担う一方で、アメリカの一部で浮上しつつある『孤立主義』にも対処していく必要性を求められています。日本にとり、アメリカとの関係はますます重要度を増していくことでしょうが、もはやアメリカ一辺倒ではアジアやヨーロッパが許してくれません。アメリカとの貿易問題解消に努力していく一方で、自由貿易体制の維持や経済援助、さらには蜃民、麻薬といったグローバルな問題にも。大きな責任を持たされているのです。
 東京宣言と行動計画
 東京宣言でまず求められたのが、『政治・経済の自由、民主主義、法の支配、人権の尊重』という精神です。まさに戦後アメリカが追求してきた価値観が、日本にも課せられるということです。特に「フェアな精神」は重要となりそうです。たとえば独禁法の精神は、自由経済といえども、巨大企業による市場支配は許さないというものです。アメリカ国民からみると、効率王義を徹底した日本企業が、世界市場を席巻する姿は必ずしも「フェアな競争」とは映らないのです。
 次いでガット強化と国際連合の機能活性化です。ガットの新多角的貿易交渉(ウルグアイ・ラウンド)では、農業問題の解決がカギを握っています。アメリカやECにも課題が残されてますが、とくに日本のコメ市場開放問題は焦点の一つとなっています。また日本の商業と金融市場の開放も、構造障壁とからめて指摘されました。
 アジア・太平洋協力では、今回改めてAPEC(アジア太平洋経済閣僚会議)を協力の枠組みとすることで合意しました。マハティール・マレーシア首相が提起した「東アジア経済グループ構想」など、アジア経済から欧米を排除する考え方が一部で浮上していることに対して、アメリカは非常に敏感になっているのです。
 一方の行動計画デクションプログラム-ニ国間の貿易問題を扱ったもの)で、日本は最重要課題となった自動車問題で、190億ドルのアメリカ製自動車部品の輸入や、コンピュータの政府調達拡大、などが盛り込まれました。このほか宮沢竹相は。2万台のアメリカ車販売協力や科学技術交流の観点から、テキサス州でのSSC(超伝導超大型粒子加速器)建設への協力も約束しました。
 多くは日本の市場に対する約束となりました。日米貿易不均衡問題について、日本の経済界は、『アメリカ企業の競争力回復と日本での販売努力不足』を問題にしていますが、アメリカ政府はやはり、「日本の市場は完全に開放されているとはいえない。孤立主義、保護主義は過去の亡霊として葬り去らなければならない』(プレディ財務長官)とし。特に金融とサービスの市場開放努力を求めました。
 カー・セールスマンという批判
 かつてフランスのドゴール大統領は、日本の首相を「トランジスタ・セールスマン」と酷評しました。今回のブッシュ大統領の訪日に対して、アメリカのマスコミまでが『力―・セールスマン』とこき下ろしたことは、日米国民にとって術撃的な意味合いを持っているといっていいでしょう。
 ブッシュ大統領は、自動車業界のビッグスリー首脳を始め。アメリカ経済界の重鎮を21人も同行させ、多忙のなか。奈良県で行なわれたアメリカの玩具販売店の開店式にも出席しました。宮沢-ブッシュ首脳会談の合間をぬって、日米の経済界の交流も活発に行なわれました。その結果、トヨタ自動車をはじめ日本の自動車業界が、アメリカ車の日本での販売に協力することになりました。
 これまでアメリカ車の日本での販売台数は3万台にも満たないものでしたが、その大部分が、ホンダなどアメリカで製造した日本メーカーの乗用車であることもわかっています。これまで日本の自動車メーカーは、自社の車を売っていればよかったのですが、これからはトヨタがGMの車を、また日産がフォードの車を売ることを求められる時代に入ったのです。
 アメリカの自動車メーカー首脳は、『右ハンドル車の開発』など、初めて日本での販売強化に意欲を示しました。しかし、日本からアメリカへの輸出が200万台弱であるのに対して、アメリカから日本への輸出を2万台増やした程度では。日米の貿易不均衡が解消されるとは考えられません。
 さらにたとえアメリカ企業が競争力を回復し、日本での販売に成功したとしても、日米二国間の貿易不均衡には大きく寄与しないかもしれない、という懸念も出ています。アメリカの主要企業は、多くをアメリカで製造していないといラ事実です。コスト軽減を図るため、70年代から製造拠点を、アジアなど海外に移転してしまっているのです。「アメリカ企業のものを買え」といわれても、アジア諸国からの輸入増加にしかならないというジレンマがあります。
 悩む米国
 昨年12月にGMは7万4000人のレイオフを発表、これまで人員整理と無関係だったIBMまでが、経営不振から創業以来初めての人員整理を表明しました。
 アメリカ景気は昨年夏以降、回復基調にあるといわれていましたが、実はそうでもないのです。ある週刊誌によりますと、『昨年、アメリカの労働者の10人に1人が職を失なった』ということです。もちろん転職が多い国柄ですから、日本的感覚ではとらえにくいでしょうが、アメリカ経済の現状を象徴的に示す出米事といえましょう。
 日本も景気停滞期に差しかかっているといわれますが、日本の場合は成長のスピードが鈍化しているだけで、失業者が町にあふれているわけではなく、あくまでも労働力不足の中での景気議論なのです。その点アメリカ経済が抱える問題は、相当深刻といわざるをえません。
 加えてアメリカは今年11月に大統領選挙を控えています。4年に1度の大統領選挙の年は、内政問題が焦点になるといわれてきましたが、まさにブッシュ政権は、国内経済問題で正念場を迎えているといっても過言ではありません。ブッシュ大統領がアジア歴訪の直前に、『アメリカの雇用維持』を第一目的に上げたことは、そうした背景があるのです。
 昨年初めのクウェート奪還を目指した『砂漠の嵐作戦』で、アメリカ国民を興奮の渦に巻き込んだ同じブッシュ政権の面影はもはやなく、支持率低下に焦燥感だけが浮き彫りとなっています。
 増大する日本の役割
 この1、2年間の世界は。まさに有史以来の激変といってもいいほどの変わりようを体験しました。東欧の民主化の雪崩現象に続いて、昨年8月ソ連が共産主義を放棄、12月にはソ連邦そのものが消滅してしまいました。戦後の冷戦溝辺を形成していた二超大国の片方だったソ連が、ロシアと白ロシア、ウクライナ、カザフスタンほか多くの国家に分裂してしまったのです。自由主義社会にとってもはや『共産社会との対峙』という基本構造が崩れてしまい、アメリカでは『自由主義体制』という自らの存在の価値観まで問われ始めているのです。
 経済面では、今年中に欧州共同体(EC)が一つの経済圏として成立します。昨年末のEC首脳会議では97年の通貨統合まで合意しました。国家という概念もここでは薄れかけています。農業やサービス貿易を含めた
貿易の新秩序を話し合う、新多角的貿易交渉(ウルグアイ・ラウンド)も終盤を迎え、日本のコメ市場洲放問題にも、なんらかの決着の糸目を見出さなければならなくなりました。
 一方、目をアジアに転じれば、中国を含めた東アジア経済が台頭、近世以来初めて一つの経済圏として自立する可能性が生まれてきました。そのなかでの日本の指導力も問われ始めました。政治的にはカンボジア和平後の同国での新秩序形成に、日本がどのようにかかわるのか、世界の目が集まっています。まさに国会で議論されているPKO法案の成り行きが、国際的に注目されるようになっているのです。
 国際的にはまだまだ活気ある見た目のいい日本経済ですが、国内的にみれば、バブル崩壊に伴なう金融機関の信用問越や外国人労働者の急増など、看過しえない問越も多く抱えています。
 宮沢首相はプッシュ訪日を前にしたスピーチで「アメリカ経済・社会の病を背負っての大統領が訪日する。われわれにいろいろな要請があるだろう。この病んでいるアメリカの経済・社会に対して、われわれが貢献できることは、できるだけのことを国民の理解と業界の協力のもとにやっていきたい』と表明しました。
 日米のグローバル・ハートナーシップが充分に成果を上げるかどうかは、これからの日本の努力にかかっています。一方で、今回の日米首脳会談を契機に、アジアを中心に世界の政治経済に対して多くの責任を負わされることも、重く認識しなければならないでしょう。(共同通信・伴武澄)