2013年、エストニアのタリンから始まった市民へのバス電車の無料化に次いで、2021年、ルクセンブルグでは外国人に対しても無料化が実現、フランスやスペインの都市にもその動いが広がっている。僕にとって選挙で公共交通機関の問題を提起しなければまだ知らなかったはずである。この流れは1982年、フランスで「移動の自由」が基本的人権の一つとされ、地方都市に交通税の徴収を認めたのが嚆矢だ。その後、EUの中で都市の大気汚染基準が定められたこともその流れを後押しした。ヨーロッパでは、公共交通機関を図書館や道路のように行政にとって不可欠な市民サービスであるという意識に変わっているのだ。4年前、水道の民営化反対を掲げた時も思ったが、ヨーロッパでは行政にも住民にもコモンという考えが定着していて、柔軟に政策を転換してきたのだと思う。市民の足としてのバス電車を経営面からしかとらえられない日本は思考停止ではないか。

タリンの場合、10年間で人口が41万人から45万に増え、市民税の増収が、バス電車無料化のコストを上回る効果も生まれているという。負のスパイラルにあった各都市の公共交通機関はいまや、プラスのスパイラルに入っているといっても過言でない。

2018年つまり5年前、米雑誌ジャコバン(8月24日付)は、公共交通機関を無料にしている自治体は世界中で少なくとも98あるとし、特定の区域や時期だけを無料とする自治体は数百に達すると報道している。

2018年のNewsWeekによると、「交通機関の運賃が無料になるのは、利用客にとってはもちろんいいことづくめだが、運営側にとっての利点は何だろうか?」

ケブロウスキー博士によると、世界で初めて公共交通機関を無料にしたのは1962年、米ロサンゼルス郊外のコマースという町だった。公共交通機関の利用者を増やし、自動車インフラへの投資額上昇を抑える効果を狙い、1970〜1990年代は公共交通機関の運賃を無料にする自治体がロス郊外に多くあったという。

また、ベルギーのハッセルトでのケースも有名なようだ。ハッセルトでは当時、交通渋滞がひどかったため環状道路の建設が計画された。しかし1996年、当時の市長は「必要なのは新しい道路ではなく新しいアイデアだ」として建設計画を中止。代わりに公共交通機関の運賃を無料にしたという。翌1997年から始まった公共交通機関の無料制度は結局、運営コストの増加と自治体の変化に伴い2014年に終了したが、16年にわたり公共交通機関は無料で運営された。

ケブロウスキー博士はジャコバンの記事の中で、切符を販売し、確認し、管理する機器や現金管理の設備が不要になるだけで、コストが浮くと指摘。また、もともと運賃からの収入で賄えるのは、運営の一部だけだと説明している。ガーディアンは、ダンケルクの場合、交通機関の運営費4700万ユーロ(約60億円)のうち、運賃で賄えたのは約10%に過ぎなかったと説明している。