みんながコメ作況指数を疑った1994年
執筆者:伴 武澄【萬晩報主宰】
今年もコメが豊作だそうだ。農水省が発表した9月15日時点でのことし穫れるコメの作況指数は1カ前の調査より1ポイント下がったが、102である。
めでたいことなのだが、不幸なことに日本の農業ではコメの豊作を喜んではいられないのである。豊作はコメ余りにつながる。余るということはコメの市況に影響する。おかげで9月の自主流通米の入札では応札された半分しか値が付かなかった。売れ残ったのである。
きょうは作況指数について考えたい。農水省が8月から10月まで毎月、発表するれっきとした政府の統計指数である。その指数が信用できないと騒いだ年があった。1994年である。大凶作でコメの大量輸入を余儀なくされた翌年の話だ。
以下は1994年11月に筆者が書いた記事の転載である。
「本当にコメがそんなにできているのか」。昨年の凶作から一転、1994年産米は大豊作が確実となったが、農水省が発表する作況指数に対してコメの流通業者などから「昨年は低すぎたし、今年は高すぎる」「政治的な意図を感じる」などと疑問視する声が相次ぎ出ている。指数が示す収穫量と流通の実態にずれがあるからだ。作況指数に政策的な意図が入る余地はないのか、収穫量をどこまで正確にとらえているのだろうか-。
●わき出た国産米
作況指数の確度が問題視され始めたのは今年6月。輸入米とのセット販売を余儀なくされてきた卸売業界に突然、さざ波が起きた。
・「国産米が次々とわき出てきた」(山種産業)。
・「昨年の74という作況指数は実際より10ポイントは低い。量にして100万トンぐらい少ないぞ」(木徳米穀)
・「コメ輸入解禁のショック療法のため、昨年、農水省は低めの数字を出してきたのではないか」(コメ流通調査機関)。
品不足のはずの国産米が予想外に出現し、3月には60キロで5、6万円まで高騰していた卸売価格は大幅な下げに転じた。生産者や卸売業界が怒り、流通業界も昨年の作況指数を疑ったのも当然の成り行きだった。
●「誤差は0.4%」
作況指数はそもそも収穫量をはじくための係数。1951年から現在の方式となった。地方農政局の統計情報事務所が全国3万カ所の田んぼを実際に刈り取り(坪刈り)、収穫予想量を8、9、10月の3回にわたって計測、平年作との比較を指数化する。10月の調査結果は農林水産統計観測審議会の農作物作況指数部会に諮って発表する。
昨年の作況指数については一部で「農水省の統計情報部と需給調整役の食糧庁が作況指数をめぐって論争した」(米穀データバンク)とのうわさが飛び交った。しかし大河原農相はこれに対して「政策的意図で数字が変わることはあり得ない」と断固否定した。
6月に突然コメが湧き出た背景について当の統計情報部は「流通量が増えたのは、作況指数で落とされた規格外米がコメ流通市場に流れたからではないか。調査は誤差0.4%の高い精度で計算している」と胸を張った。
しかし都道府県レベルの調査には疑問も聞かれる。昨年11月、福井県農協中央会は「従来から福井統計情報事務所の調査方法に疑問を持っていた。10月15日時点の調査の数字は高すぎる。福井県の実際の作況指数はそれより10ポイント下回る」などと指摘、北陸農政局に修正を求めた経緯もあった。
また取材を進めていくうちに「作況指数の決定には都道府県の農業普及委員や農業試験場。農協代表などの意見を取り入れるため、最終的には調査結果から1、2ポイント動くことがある」(農水省関係者)との声も出てきた。
●コメ市場の部分開放にらむ?
今年の作況指数「109」(10月15日現在)については、関西の流通業者を中心に「えらく高い」(幸福米穀)、「農水省は12月発表も最終作況をどんなことがあっても109より落とすことはない」(西成米穀)との見方も出ている。その理由は「来年度から始まるコメの部分開放をにらみながら、減反強化をすすめようとしているためではないか」(山種産業)と言う。
月々の作況指数はコメの市況に敏感に反映するため、農家や卸売業にとって大きな関心事で、たとえ1ポイントの違いでも見逃せない。昨年の需給見通しを見誤った食糧庁にとっても、90万トンの輸入米在庫を抱え込むなど財政負担は決して小さくない。
食糧管理法に代わる「食糧需給価格安定法」(新食糧法)案でもコメの生産量の正確な把握が課題となっているが、その基本となる指標である作況指数への疑いは農政への不信にもつながりかねない。
流通の実態に詳しい関根丈夫・山種産業米穀部長はこう語った。「多くの経済連は今年の作況指数も信じていない」。
取材不足もあって、真相は藪の中だった。だがこういう話もある。多くのマスコミでは選挙の度ごとに候補者の当落予想アンケートを行うが、新聞紙面に発表される前に政治部の記者が「鉛筆をなめる」という作業をする。
アンケート結果をそのまま紙面に掲載するのではなく、永田町での情報収集をもとに若干だが数値を調整するのだ。しかし「鉛筆をなめた」結果が外れ、アンケート調査の生の数字が選挙結果により近かったケースがあまりにも多かったため、一部マスコミはこの作業を辞めた。
統計数値もこの限りにない。ことし1-3月のGDP速報が年率7.9%と出て、週刊ポストが「粉飾」と騒ぎ、堺屋経企庁長官が怒ったケースもある。巨大な国家という機構のなかでは何が起きているか分からないのである。