北東アジアの問題を戦略的に考えよ
執筆者:中野 有【とっとり総研主任研究員】
先日、国内の北朝鮮問題の専門家並びに、米国国防総省のシンクタンクであるアジア太平洋安全保障研究センターのスティーブ・ノーパー博士と意見交換した。ノーパー博士は、東京、大阪、名古屋で朝鮮半島問題について基調講演し、NHKに出演した。彼とは米国東西センターで一緒に研究した仲間であり、北東アジア情勢の戦略的な動きについて本音で話し合うことができた。
朝鮮半島問題が頻繁に日本のマスコミに登場するが、ほとんどが事実の羅列であり、未だに冷戦構造を温存している北東アジアの複雑な問題を米国、中国、ロシア、南北朝鮮等の外交戦略、そして国連機関等の動向を分析し、日本の役割を明確にした建設的なビジョンが皆無である。
日本の専門家の話を聞いてもこの地域の複雑な現実や拉致疑惑問題がネックになっていることが理解できても、その先どうすればいいのか全く見えてこない。
その点、米国や中国はなるほどとうなずけるだけのビジョンを有している。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)がミサイルや核開発による瀬戸際外交を継続させることによりどのような影響を及ぼすのか。まず米国は、TMDやNMDの迎撃用ミサイルの開発に拍車をかける。
そこで迎撃用ミサイル開発には莫大な予算がかかることから、米国は日本等との共同開発を提案してきた。当然、攻撃用ミサイルの開発と比例して、迎撃用ミサイルの開発が進み止め処もない軍拡競争の幕がきられる。これに対して北東アジアの軍拡を最も警戒しているのは中国である。従って、北朝鮮の瀬戸際外交は中国の利益に反する。
朝鮮半島の統一に向けた動きは何を意味するのか。韓国の宥和政策を受け入れる北朝鮮の条件は明確である。「技術的」に戦争状態にある38度線に展開している国連軍、すなわち米軍の縮小や撤退である。朝鮮半島の安定は東アジアの米軍のプレゼンスの減少につながる。沖縄の米軍然りである。
中国が望むところは、東アジアにおける米軍の縮小にあるとすると中国と北朝鮮の利益は一致する。半面、米国国防総省は中台関係の不安定要因により米軍の重要性を説く。いずれにせよ北東アジアの問題の根っこは、米中間の勢力均衡の駆け引きである。
昨年10月に中国の天津で第9回北東アジア経済フォーラムが開催された。前回の米子会議でも討論の中心であった北東アジアの開発金融に中国は熱心で、天津に北東アジア開発銀行を設立する提案を行った。
また5月10-13日に天津で北東アジア開発銀行に関する専門家会議が開催されている。中国が北東アジア開発銀行設立に興味を示すのは、北朝鮮の瀬戸際外交が中国の利益につながらないとの判断と、統一朝鮮は日本や米国より中国に接近するとの考えからである。
そこで日本は何をすべきであるか。日本の目指すべき方向性は、軍拡でなく協調的安全保障につきる。国際情勢がどうであろうと朝鮮半島問題に最終的な決着をつけるのは南北会談である。日朝国交正常化交渉が成功した時、或いは成功させるためには、対北朝鮮の政府開発援助(ODA)を日本の外交カードとして有効に使う必要ある。
戦後補償問題を考え日本が北朝鮮へ2国間援助を試みた場合、その莫大な資金が北朝鮮の軍事的活動に転用される可能性も否定できない。そこで日本の対北朝鮮へのODAは多国間(マルチ)の援助で行う必要がある。
例えば、北朝鮮への援助を直に行うことができなかった韓国は、1990年代前半から国連を通じ北朝鮮への援助を行っている。この例は日本の北朝鮮の援助のあり方の指針となるだろう。日本が韓国の意向を尊重しなが対北朝鮮援助を実施させようとするならば、韓国と十分な協議をしながらマルチのチャネルを開拓することが不可欠である。
日本では日本人が総裁を務めるマニラを拠点とするアジア開発銀行がその役割を担うべきとの声が大きいが、米国の政府系シンクタンクである東西センターは、年間1兆円という日本のODAに匹敵するほど巨大な北東アジアへの開発規模からいくと、アジア開発銀行では対応できないと分析している。
中国に北東アジア開発銀行が設立されることは、日本や米国にとってプラスになるのか。たぶん、北東アジアにおける米国と中国との利権争いを考えた場合、日本に北東アジア開発銀行が設立されることが現実的ではないだろうか。
紛争が発生したら天文学的数字の犠牲が発生する。そこで紛争を未然に防ぐ予防外交の観点から北東アジア開発銀行設立を考えるだけの価値があるのではないだろうか。