ガリレオという名のスペース・パワー
執筆者:園田 義明【萬晩報通信員】
■ガリレオという名のスペース・パワー
2003年5月26日、航空宇宙産業における米国の独占打破を狙う欧州宇宙機関(ESA、本部パリ)は、欧州独自の衛星利用測位システム(GPS)である「ガリレオ」の開発着手に最終合意した。ESAはギリシャとルクセンブルクを除く欧州連合(EU)13カ国とノルウェー、スイスの15カ国で構成されており、ESAとEUによる初の合同計画となっている。現在EU本部があるブリュッセルに推進本部が設置され、計画全般の準備・実施にあたっている。
ガリレオは米国のGPSを上回る測位精度の実現を目指し、2006年から高度2万4000キロメートルの軌道に計30基の衛星を順次打ち上げ、2008年までに稼働させる計画となっており、総投資額は約32億ユーロ(約4000億円)を見込んでいる。EUは、ガリレオ計画によって車や航空機のナビゲーション、石油探査、農産物調査など年間1兆円以上の新たな民生需要と国境警備や軍による人道救援、平和維持活動にも活用するとしている。
米国が軍事目的で1970年代から開発したGPSは、ITを活用した「軍事革命(RMA)」の礎ともいえるもので、精密誘導兵器の運用には不可欠な技術となっている。米軍は湾岸戦争やアフガン攻撃、そして対イラク戦争に見られるとおり、この10数年、リムランドに集中する世界紛争に対して、沿岸から展開する「フロム・ザ・シー」戦略を構築してきた。この「フロム・ザ・シー」戦略を支えてきたのはGPSや偵察衛星など宇宙空間の情報ネットワークである。つまり、スペース・パワーの独占こそが米国が主導するシー・パワーの源泉となり、「宇宙を制する者が世界の海を制し、海を制する者が世界を制する」構図を作り上げた。そしてこのスペース・パワーに果敢に挑もうとしているのがEUである。
EUが仕掛ける「GPSの一極支配崩壊」に危機感を抱くブッシュ政権はこのガリレオ計画を京都議定書に続いて葬り去ろうとする。ウルフォウィッツ国防副長官名の2001年12月1日付け書簡をEU加盟15カ国の国防大臣宛てに送りつけ、ガリレオが米軍の使用するGPS-Mシステムも含めたGPS信号に干渉するうえ、軍事目的に使用される可能性を指摘、そして高度な技術が敵国に利用される恐れもあると警告したのである。この書簡によって、ガリレオ計画に関するEUの決定が延期され、計画自体の中止が囁かれた。この危機を救ったのはシラク仏大統領である。
■米国の属国的な地位に甘んじることになる・・・シラク大統領
シラク大統領は、もしヨーロッパがガリレオ計画を推進しなければ、「まず科学および技術面で、その後、産業および経済面で米国の属国的な地位に甘んじることになる。(2001年12月19日付けインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙)」と語り、ガリレオ計画実現に向け強いリーダーシップを発揮した。しかし、表面的には民生利用を基本に掲げざるを得なくなったため、採算性を問われることになった。そのためにEUは欧州域外も含め広く外国に開放する方針を打ち出すが、米国のGPS一極主義に対抗する勢力が次々と参加を表明する。
2003年10月30日、中国の胡錦濤・国家主席ら中国指導部は北京入りしたEU議長国イタリアのベルルスコーニ首相、プローディ欧州委員長、ソラナEU共通外交・安全保障上級代表らと定期首脳会議を行い、ガリレオ計画の開発・投資への中国の参加に関する合意文書などに調印し、中国は2億ユーロを投資することが正式に決定する。
2003年11月6日にはインド政府がガリレオ計画への参加をEUに打診していることが明らかになり、同年11月29日のインドとEUとの首脳会議での共同声明にも盛り込まれた。EUはインドに対して中国を上回る3億ユーロの出資を要請していると伝えられており、2004年春の調印を目指している。
また2003年11月6日にローマで行われたEUとロシアによる首脳会議でもプローディ欧州委員長は、ガリレオ計画で「重要な進展があった」と語っており、ロシアが参加する可能性を示唆している。また、カナダ、韓国、そしてイスラエルまでもが参加の意志を示している。EUは資金拠出国の企業に優先的に計画関連のプロジェクトを発注する方針を打ち出しており、資金拠出国は計画の各種決定にも参画できるとしている。
米国の強い牽制にもかかわらず、中国・インドがガリレオへの参加を表明したことは、すでに米国一極体制から多極化体制へと移行している徴候と見るべきだろう。
■ガリレオに集うグローバル企業
このガリレオ計画には、2000年に仏アエロスパシアル・マトラ、独ダイムラークライスラー・エアロスペース(DASA)、スペインのCASAが合併して誕生した欧州の航空防衛最大手ヨーロピアン・エアロノーティック・ディフェンス・アンド・スペース(EADS)、1980年に欧州12ヶ国(フランス57.70%、ドイツ18.43%、イタリア7.17%、ベルギー4.20%、スイス2.58%、スペイン2.49%、スウェーデン2.29%、イギリス2.12%、オランダ1.97%、デンマーク0.58%、アイルランド0.17%、ノルウェー0.30%)の出資によって設立された世界トップの商業衛星打ち上げ会社であるアリアンスペース、そして欧州通信最大手である仏アルカテル及びその傘下のアルカテル・スペースなどフランス勢が主導する企業が受注するのは間違いないだろう。
なお、2003年3月18日にブリュッセルで行われた企業向けセミナー「ガリレオ・インダストリー・デー」には、351社約600人が参加しているが、EUはもとより米国企業も多数参加している。米国への配慮からか、このセミナーに参加した日本企業はプレスを除いて東芝・ヨーロッパ一社であった。下のリストを見てもわかるように、防衛・軍事に関わろうとも政府が企業を規制できる時代ではないことを明確に示している。「ガリレオ・インダストリー・デー」に参加した米国系企業
カッコ内は海外法人、(米)は米国本社より参加ボーイング・エアー・トラフィック・マネイジメント(米)
ボーイング・ナビゲーション・システムズ(米)
ディーア・アンド・カンパニー(独)
ハネウェル・エアロスペース(仏)
IBM・ビジネス・コンサルティング・サービス(英)
インテルサット(米)
KPMG(英)
リーマン・ブラザーズ(英)
ロッキード・マーティン(米)
ロッキード・マーティン・グローバル(ベルギー)
ロッキード・マーティン・ナビゲーション・システムズ(米)
ミルバンク・ツイード・ハドレー&マクロイ(英)
モルガン・スタンレー(英)
ナブコム・テクノロジー(米)
プライスウォーターハウスクーパース(英)
レイセオン・システムズ(英)
ロックウェル・コリンズ(英)
ボーイング(スペイン)など■縛り付けられる日本
「ガリレオ・インダストリー・デー」にトヨタグループの参加も予測していたが、「準天頂衛星」との関連から見送られたのかもしれない。日本は米国のGPS利用を支える立場を取っており、補完的な独自の計画として準天頂衛星の開発を官民で進めている。衛星3基を打ち上げ、常に1基を日本から見た天頂付近に配置し、GPS電波が届きにくいビルの谷間や高速移動中でも安定した性能を発揮できることを目標に、2002年11月には準天頂衛星の事業化を目指す新会社「新衛星ビジネス株式会社」が発足し、三菱電機、日立製作所などとともにトヨタも10%出資しているのである。
この準天頂衛星計画も初期の開発費が3基で1700億円以上と見込まれており、官民の資金分担の目途がついていない。さらに2003年11月29日の情報収集衛星を搭載したH2A6号機打ち上げ失敗では、「日本より技術が遅れた中国が有人宇宙飛行を成功させた後の、間の悪い失敗(英BBC)」となり「日本の宇宙への野心はさらに困難にさらされるだろう(AP通信)」などと海外メディアは伝えた。H2Aロケットの技術は2003年10月1日に宇宙科学研究所(ISAS)と航空宇宙技術研究所(NAL)と宇宙開発事業団(NASDA)が統合して発足した宇宙航空研究開発機構(JAXA)から2005年度までに三菱重工業に移転され、民営化を担うことになる。しかし、国際的な商業衛星打ち上げ市場は、ここ数年、年間12~15回の打ち上げとなっており、その市場シェアの9割を分け合うアリアンスペースとロッキード・マーティンなども受注が伸び悩んでいる。
2003年7月には三菱重工業とアリアンスペース、ボーイング三社による相互補完体制を整え、国際市場で信頼を得た矢先のH2A6号機打ち上げ失敗は、保険料上昇の可能性から苦戦を強いられることが予測され、結果としてアリアンスペースやロッキード・マーティンへの依存を強めることになりかねない。事実、今後一年以内に3基が計画されているH2Aを使った衛星打ち上げに対して、文科省は、国土交通省、外務省、経済産業省との間で相互補完体制作りの連絡協議会を立ち上げ、アリアンスペースへの代行を検討し始めたようだ。しかし、アリアンスペースへの接触は必然的にガリレオ計画へと繋がる可能性があることから、米国によって妨害される可能性も高い。
米国は平和、民生、商用、科学技術向けにGPSを無償で提供することをクリントン政権時代に表明し、日米間では1998年9月のクリントン大統領と小淵恵三首相(いずれも当時)の首脳会談で協力に向けた全体会合開催が合意されており、ブッシュ政権発足後の2001年2月、日本側は外務、総務、文部科学、経済産業、国土交通の各省関係課長レベル、米国側は運輸、国務、商務などの省庁関係者が出席した初会合が行われている。これには、クリントン前大統領時代に東アジア担当国防次官補代理を務めたカート・キャンベルと戦略国際問題研究所(CSIS)らが主導しながら、宇宙分野で重要とされる日本のマイクロエレクトロニクス、センサー、画像化技術などの取り込みを狙う米国側の戦略が反映されており、長期的な戦略無きままに漂流する日本を米国の宇宙戦略に完全に組み込むことで、日本がEUのガリレオ計画へ参加できないように縛り付けたのである。
2003年11月にはフランス航空宇宙工業会(GIFAS)のフィリップ・カミュ会長はガリレオ計画への日本の参加を呼びかけた。カミュ会長はEADSの最高経営責任者(CEO)も務めており、2003年のビルダーバーグ会議にも出席している点が注目される。2003年12月2日には駐日欧州委員会代表部主催のシンポジウム「ガリレオ・インフォメーション・デー」が東京で開催され、官公庁や電機メーカー、商社などの担当者ら約100名が参加した。欧州委員会ガリレオ課のオニディ課長は「ガリレオは民生目的に特化したシステムで、軍事目的で米国が開発したGPSを補完する」と説明した上で、「米国の懸念も話し合いで払しょくされ、近く米国と協定を締結する」と語り、あくまでも米国のGPS利用を支える立場を取る日本に対して理解を求めた。
■属国こそが日本の国益?
イラン石油省はアザデガン油田の開発をめぐって日本の企業連合に対し、プロジェクトに参加するかどうかの期限を今月15日までとする公式書簡を送ったが、日本政府の態度は今なお明らかにされていない(12月17日現在)。こうした中で朝日新聞は、日本の企業連合からトーメンが離脱するとの記事を掲載している(12月14日朝刊)。
また、イラク債務問題ではブッシュ大統領の特使であるベーカー元国務長官の要請に基づき米国、フランス、ドイツは主要債権国会議(パリクラブ)の枠組みで2004年にイラクの債務を大幅に削減することで合意したが、この合意がイラク向け最大債権国である日本に向けられるのは間違いない。パリ・クラブの資料では各国のイラク向け公的債権は元利合計(遅延損害金を除く)で総額約210億ドル、その内日本は約41、08億ドル(4519億円)で二位のロシア(34.50億ドル)を大きく引き離してダントツのナンバー1に輝いているのである。また日本の債権は遅延損害金を加えると総額70億2700万ドル(7730億円)となる。イラク復興支援国会議で日本が表明した2007年までの4年間の総額50億ドル(約5500億円)に債務削減分が上乗せされることになりそうだ。
12月12日付け中日新聞の「『日の丸油田』風前の灯」のデスクメモはこう書いている。
『「湾岸戦争に金がかかった。90億ドル払ってくれ」「イエス、サー」「自衛隊をイラクに派遣しろ」「イエス、サー」「イランの油田は開発するな」「イエス、サー」。日本の徹底した“従米イエス、サー外交”には驚くばかりだ。次はまさか「米国の州になれ」「イエ…、もうなってます」か。』
これを少しアレンジしてみたい。
「湾岸戦争に金がかかった。90億ドル払ってくれ」・・「イエス、サー」
「自衛隊をイラクに派遣しろ」・・・・・・・・・・・・「イエス、サー」
「イランの油田は開発するな」・・・・・・・・・・・・「イエス、サー」
「イラク向け債務を削減しろ」・・・・・・・・・・・・「イエス、サー」
「米国の州になれ」・・・・・・・・・・・・・・・・・「イエ…、もうなってます」
「だったらガリレオも参加するな」・・・・・・・・・・「イエス、サー」
米国の宇宙戦略に組み込まれた日本政府にガリレオ参加などという決断ができるはずもない。この際、準天頂衛星計画の現実的な再評価とともに、民間主導でガリレオ計画に取り組むことを検討するべきだろう。特にカーナビゲーション分野でのトヨタグループのリーダーシップが求められる。その際には、先の「ガリレオ・インダストリー・デー」に参加した米国系企業リストが役に立つはずだ。
▼資料
ParisClub PRESSRELEASE
http://www.clubdeparis.org/rep_upload/030600pr-cleanfinal.pdf
『日の丸油田』風前の灯(デスクメモは新聞紙上のみ)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20031212/
mng_____tokuho__000.shtml