東京高裁があきれはてた球界の華麗なる人脈
執筆者:成田 好三【萬版報通信員】
プロ野球界ほど華麗な人脈に彩られた業界はない。この国で最大規模の、最高の人気を誇るエンターテイメント産業であるプロ野球を構成する主要メンバーたちなのだから、それも当然のことである。
彼らはしかし、自らがエンターテイメント産業に身を置いているなどとは、思ってもみたことはないだろう。彼ら、主要な業界で功を成し遂げた人たちほど、世論の動向に鈍感な上、順法精神に欠けた人たちもいない。
プロ野球を統括する日本プロ野球組織(NPB)コミッショナーの根来泰周氏は、東京高検検事長を務めた法務官僚であり、高名な法律家である。セ・リーグ会長の豊蔵一氏は、元建設事務次官を務めた高級官僚であった。セ・リーグ会長の小池唯夫氏は、前毎日新聞社長であり、日本新聞協会の前会長でもあった。この国の言論界の重鎮である。
プロ野球界の「ドン」であった、ナベツネ氏こと渡辺恒雄氏は、契約前のアマ選手に球団が200万円を供与した「事件」の責任を取って読売巨人軍のオーナーを辞任した今も、 日本最大の活字メディア・読売新聞の最高責任者であることに変わりはない。
もう1組の合併が進行中とを明言して再編劇の主役に踊り出た、西武球団の堤義明オーナーは、西武鉄道の「総会屋事件」で日本経団連理事は辞任したが、西武鉄道グループの総帥であるとともに、日本のアマ(五輪)スポーツの「ドン」であることを、自他ともに認める人物である。歴代JOC会長は堤氏の息のかかった人たちだった。
球界再編劇の端緒となった近鉄球団との合併を仕掛けた、オリックス会長の宮内義彦氏は、日本経団連理事のほか、小泉現政権の重要諮問会議の委員を務める、財界のニューリーダーである。
他の球団オーナーも大物ぞろいである。この国の世論を動かす力をもつメディア界では、中日(東京)新聞社長の白井文吾氏が中日球団の、TBS社長の砂原幸雄氏が横浜球団のオーナー職にある。
球界再編、1リーグ化をめぐって、当事者でありながら終始蚊帳の外に置かれてきた労働組合・日本プロ野球選手会(選手会)がストライキ決行を決議して、NPBに団体交渉を求めたことに対し、NPBは、交渉する理由が存在しないとして拒否してきた。球団合併は選手が口出しのできない経営問題であるとした上で、選手会を労働組合、つまり交渉団体とは認めなかったからである。
ストを決議した選手会に対してNPBは9月7日、ある文書を送付した。翌日付スポーツ報知によると、文面はこんな内容だった。「統合(球団合併)はすぐれて経営的事項であって、これを阻止するためにストライキをすることは、目的において不当な違法ストライキである」「ストライキが行われた場合は、各球団において、貴会等に対し、損害賠償請求等も検討せざるを得ない」。選手会のストライキは法律違反だとして、高飛車な態度に出た。
すべてがひっくり返ったのは翌8日である。プロ野球オーナー会議が近鉄とオリックスとの合併を議決したこの日、東京高裁がある決定を下した。東京高裁は、選手会が求めた球団合併凍結の仮処分申請を却下したものの、以下の判断を示した。
(1)選手会は労働組合であり、NPBに対し団体交渉権をもつ(2)合併に伴う労働条件に関わる事項は、NPBが選手会と誠実に団体交渉を行わなければならない義務的団体交渉事項に該当する(3)NPBがこれまでに応じてきた交渉等が誠実さを欠いていた事は否定できない(4)をストライキめぐる9日からの交渉は法的性格等にも疑問の余地がある。
その上で東京高裁はこう指摘している。「NPBのコミッショナーには著名な法律家(根来氏)が就任しており、当裁判所が選手会に団交権があると示せば、NPBはこれを尊重し実質的な団交が行われることが期待される」
東京高裁の言うことは、世間一般の言葉にすればこういうことである。
選手会が労働組合であることは、法律的にも社会常識的にも当然のことである。それなのに、選手会とのまともな交渉に応じなかったNPBのこれまでの対応は極めて不誠実であり、違法な行為である。今後の交渉にも法律的に問題がある。しかも、あなたたちのトップは(根来氏をほとんど名指しして)「著名な法律家」ではないか。法律と社会常識に従ってきちんと問題を交渉によって処理しなさい。
東京高裁はこの決定に際して、プロ野球界とそれを構成するエリートたちの、あまりの社会的非常識と順法精神の欠如にあきれはててしまったのである。
NPBの選手会に対する高飛車な態度は、1日でひっくり返ってしまった。それはそうだろう。日本の裁判所がこれほどあからさまに、『あなたたちの業界は根本的に間違っていますよ。しかも、あなたたちは日本の各界を代表する「エリート」たちではないですか。あなたちは何をやっているのですか』などと指弾したことなどかつてないことだった。
東京高裁の判断の翌々日、日銀の福井俊彦総裁も会見で、プロ野球界の閉鎖性を、「企業家が、野球の世界に参入したいというのであれば、参入制限すべきではない」と批判している。
プロ野球は、今いる主要メンバーがその地位を去り、保有球団の構成も含め抜本的に改めた上で、解体的に出直すしか再生への道はないだろう。(2004年9月12日記)
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