2010年06月01日(火)ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口 坦

 2010年5月7日ユーロ圏首脳会談で欧州が5000億ユーロ(60兆円)、国際通貨基金が2500億ユーロ(30兆円)を負担する総額7500億ユーロ(=90兆円)に及ぶユーロ防衛のための融資の大枠が合意された。これは、その一週間前に決定された1100億ユーロ(14兆円)の対ギリシャ融資によってソブリン債危機がポルトガル、スペインなどの他の加盟諸国に波及することを阻止することができなかったからである。
 ユーロ安定化・緊急融資制度の予想外の設立決定も、また欧州中央銀行の財政破綻加盟国・国債の購入が、(予想されていた通り、しかし)露骨に政治主導で開始したことも、欧州連合の性格を根底から変えるといわれる。その意味で5月7日のユーロ圏首脳会談は後世の歴史教科書のなかで特筆される事件になるように思われる。

 抵抗できなかったドイツ
 ヨーロッパ統合となると、「会議は踊る」で、仕切り直しが繰り返され、その後も利害調整で決定するまで何年もかかることが多かった。ところが、今回5月7日の首脳会談では夕方の6時から晩餐会で、会議の開始は9時、終了は深夜の12時半。3時間半でこれまでの欧州統合の条約を骨抜きにするような決定がされた。
 会談終了後の記者会見でサルコジ仏大統領はフランスの要求の95%を通すことができたと上機嫌であった。反対に、メルケル独首相のほうは記者会見なしで消えてしまう。これも当然のことで、自国記者団に対して財政危機に陥った隣国のために1480億ユーロ(約18兆円)を払う約束をさせられたなどと告白できなかったからである。
 ベルルスコーニ伊首相も、5月17日付けの「シュピーゲル」誌によると上機嫌で、記者に対して「火事になって家が燃えているときに、どこから水が来るかなど重要でない。私は今晩の会談の結果に満足している。フランスといっしょにイタリアは要求を通すことができた」と話したという。
 5月7日ユーロ圏首脳会談では本来一週間前に決定された対ギリシャ融資がテーマであったので、到着した加盟国首脳は議題が急遽「ユーロ防衛」に変わってしまったことに驚いたといわれる。そうなったのは、サルコジ仏大統領をはじめ、多くの人々が「国際的投機家がユーロを攻撃している」といいだしたからである。
 その一週間前に1100億ユーロ(14兆円)の対ギリシャ融資決定後も、マーケットにはこの国が借金を全額返済すると思えないので、売れるうちに売ろうということになって利回り上昇。買い手がいないので取引きが不成立、今度は売れなくなったギリシャの代わりにポルトガル、スペイン、イタリア、アイルランド、ベルギーが、そのうちにフランスの国債まで売りだされて週末に近づくにつれてその利回りも上昇した。
 それだけでない。前日の5月6日ニューヨーク市場でS&P株価指数に採用されている約30銘柄が5分間で10%以上と過去最大の下げ幅を記録した。株価はすぐ回復したが、市場は何か破局的なことが起こるのではないかと疑心暗鬼になる。当時ギリシャ問題も原因とされて、オバマ大統領から欧州主要国首脳に不吉な兆候をとりのぞくように依頼の電話がかかっていた。
 そのうちに銀行間の取引がへったといわれる。こうなると、政治家の脳裏に浮かぶのは「リーマン・ブラザーズ」で、世界中を奈落の底に突き落とす役割を運悪くも引き受けさせられた気がしてくる。生憎なことに5月7日は金曜日、怖気づいた出席者に思い浮かぶの「ブラック・マンデー」、首脳会談の席上でユーロ防衛の大筋を決めて、「月曜日欧州発の世界大恐慌」を何が何でも阻止しなければいけないという雰囲気になる。
 このような事情こそ、(スペイン紙「パイス」が伝えるように、)サルコジ仏大統領が「独仏枢軸を解消する」とか「ユーロ圏から離脱する」とか怒鳴って机をたたき、ドイツ首相が孤立し、Piigs諸国を率いる仏大統領・クーデターが成功した背景である。

 ユーロの低空飛行
 5月8日深夜の記者会見でサルコジ仏大統領は95%しか満足しなかった。それは、ユーロ圏加盟国のユーロ債共同発行の夢が実現しなかったからである。フランスの意見によれば、諸悪の根源はユーロ圏内の「経済的不均衡」で、このために各国別に発行される国債の利回り格差が発生し、ギリシャやポルトガルのような高金利負担国とドイツやオランダのような低金利負担国に分かれてしまう。全加盟国が仲よくユーロ圏債を発行すればギリシャ問題もユーロ危機も起こりようがない、ということになる。
 ドイツはユーロ債共同発行に反対する。それはユーロ圏が財政赤字・無責任国家の集団になることを心配するからだ。またドイツの考えでは加盟国は財政主権を発揮し自国の財政に責任をもたなければいけないし、だからこそリスボン条約に加盟国間に財政的救済を禁じる条項がある。ドイツがこの立場をとるのは、EUが、少なくと現状では,主権国家の集まりにとどまるべきだと考えているからである。
 反対に、中央集権志向が強いフランスがめざす欧州統合とは、 米や中国に対抗できるに「超大国・欧州」をつくることである。5月7日の首脳会談でこれまでの欧州統合の条約を空洞化してブリュッセルに中央政府を置く「欧州合衆国」の方向に一挙に前進した。でもユーロ防衛のための欧州版「護送船団方式」は、全部の船を縄で結びつけて、一隻が沈んだら船団全体が沈没する危険がある。ユーロは低空飛行を続ける決意をしたようだ。
 その大枠が決まった5月7日の首脳会談の後、週末の財務相会談でユーロ防衛案の細部について交渉が継続する。月曜日深夜2時半ブリュッセルでオリ・レーン通貨担当欧州委員が記者団に交渉結果を報告し、欧州中央銀行がギリシャなどの国債を購入する決定をしたことに言及する。これは欧州中央銀行がまだ発表していなかったことで、こんなことを欧州委員会側がいうのは中央銀行の独立性欠如を吹聴しているに等しく、少し前まで考えられないことであった。
 金融機関に返済金額をへらさせたり、返済期限をのばさせたりする債権再編がない限り、ギリシャがどんな過酷な歳出削減と増税を実施しても、本当の財政再建など不可能だといわれる。そうだというのに、加盟国から1100億ユーロ(14兆円)が融資されるが、これは、ギリシャ国債を購入した金融機関に対する元金の返済や利子の支払いにあてられる。こうなると、加盟国政府はギリシャ国民というより自国の銀行を救済していることにならないか。
 またフランスの銀行はギリシャ国債をどこの国より大量に抱えているといわれるので、サルコジ仏大統領声が特に大声で欧州連帯を訴えたのも当然なのかもしれない。