賀川豊彦の二等国論 『雲水遍路』から
ニューヨークから船出して、ノルウェー、スウェーデンへ行くと、気分は一変する。
私はまずノルウェーへ行って、オスローで開かれた万国日曜学校大会に出席した。これには42カ国の代表者が集まって来た。神に属ける者の情熱と気魄はすばらしい。私は感激に打たれて、全欧州に於ける精神運動の火の手は、ここから上がるのではないかと考えたほどであった。
この国の習慣で、浜には王様の骸が立派な船に乗せたまま葬ってある。世界で一番勇敢な水夫はノルウェー人である。北極、南極の探検家も、この国から出た。軍隊はない。ただ軍楽隊が置いてあるだけである。
国立劇場の前には、文学的功績の多かったイプセンとビョルンソンの銅像が建っている。人口の8割はルーテル教会に属している関係で、民衆の教養が高く、彼等の生活には潤いがある。私は農村へも行って青年男女がなごやかな心で土を耕し、草を刈っている光景を目撃した。
ノルウェーの隣はスウェーデンで、私はそこの首都ストックホルムへ行った。ここは人口75万人で、水郷の趣きがあり、歩行者の顔が美しい。キリスト教が盛んで、その精神で協同組合をやっている。市民は大部分組合員である。労働者の教養にしても、日本などより遥かに高い。夏期には必ず3週間の休養をする。その中、2週間分の費用は主人持ちということになっている。
協同組合には色々の部門があるが、その一つは住宅組合である。スウェーデンではそれが実に巧く行っている。幸福な国だと私は思った。米国では協同組合の種蒔き運動をやった私も、ここではあべこべに教わる番であった。
協同組合を基礎とした社会改革では、おそらくこの国が全ヨーロッパの模範であろう。第一、貧乏人がいない。酒を飲むには巡査の印判が要る。これは節酒令と云われている。今は労働党が内閣を組織して、日本では思いも寄らないような社会政策を実行している。総理大臣の住居というのを見たが、普通の小っぽけな家であった。私は嬉しかった。
スウェーデンに別れを告げて私は、レニングラードへもう4時間で行けるという所まで行ったが、日露戦争の時、満州軍の総司令だったクロパトキンの甥にあたるという男が、
「賀川さん、あなたが入露したら帰しませんよ。やめときなさい」
と忠告したので、私も諦める気になった。この男は白系である。
スウェーデンと隣り合せたフィンランドは、以前はロシア領であったが、宗教的精神の高挙と協同組合運動の促進によって立派な独立国となった。
その後も協同組合は非常に盛んで、この点ではおそらく世界一であろう。
私は今度の旅行で、欧州では2カ月余りの間に15カ国廻ったが、最後にぜひ云わなければならないのは、スイスに於ける精神運動である。
スイスには、4つの人種――フランス人、ドイツ人、イタリー人、ロマン人が住んでいる。人種が違えば言語も違い、社会的にも垣が出来そうなものだが、事実はそうでない。彼等は互いに尊敬し合って、暗黙の間に感情の融和を計っている。彼等の立場は純精神主義である。世界で最初に小学校を造ったペスタロッチは、この国の人であった。彼等は今もペスタロッチの精神を精神としている。彼等の最大の関心事は、内なる光、インナー・ライトであることを知って、私は非常に感激した。内なる光が、家庭生活、社会生活の根本基調になっている。
私は昔、二等国主義というものを唱えたことがある。私のこの信念には今も変わりがない。欧州の一等国は、軍備の拡張や外交上の軋轢で血眼になっているのに、二等国三等国は、いつの間にかちゃんと平和な楽園を築いている。
そこには霊火が輝いている。私はそれを満喫して来た。(『雲水遍路』から)