アメリカ国民は、民主党の46歳のクリントン氏を第42代大統領に選びました。冷戦の終焉をもたらし、イラクのクウェート侵攻に対しては断固たる武力行使を実施して、国民の喝采を浴びたブッシュ大統領も、経済的後退を前に敗北してしまいました。新政権の誕生に当たって、世界の人々が感じたのは「変化」というキーワードだったのではないでしょうか。戦後50年間続いた自由主義と社会主義の対峙という冷戦構造が崩壊したいま、21世紀に向けた新たな世界秩序の模索が求められているのです。アメリカが再び世界のリーダーシップを取るには、まず足元の国内経済をいかに活性化するかが課題となります。アメリカは外交にも内政にも「変化」に期待を暗けています。80年代後半に驚異的な強さを示した日本経済も、バブル崩壊によってかつてのような勢いはありません。日本にとってももはや既存の考え方は通用しなくなるでしょう。アメリカはどう変わるのか。日本の役割はどう変わるのか。改めて検証してみたいと思います。
 再建するかアメリカ経済
 クリントン氏が民主党の大統領指名受諾演説で言ったのは、「民主党も変わらなければならない。私たちが提供するのは保守でもリベラルでもない。民主党的なものか、共和党的なものか、それとも違う。それは新しい選択である」ということです。
 新政依の施策はなかなか見えてきませんが、これまで対立していた考え方を乗り越えて新しい政治の変化を模索していることは確かなようです。
 アメリカ自身がもっとも病んでいるのは経済の停滞です。レーガン大統領以来、強いアメリカの復活が合言葉でした。旧ソ連との軍拡ではアメリカが勝利し、ついに社会主義大国ソ連が消滅しましたが、足元の経済はもはや世界のリーダーシップを取るに足る健全性を失っています。
 財政と貿易収支の双子の赤字は改善されないばかりか、アメリカ企業の競争力も弱まり、大量失業の時代を迎えているのが現実です。まさに国民の不満も国内経済立て直しに集中しているのです。
 こうした状況に対処するためクリントン氏は、アメリカ企業の競争力強化や社会資本整備、教育問題などを掲げて選挙戦を戦いました。大統領就任後100日で実施する項目のなかに、①企業競争力強化②社会資本整備③教育などを挙げています。
 経済の原点はモノ作りです。日本が世界経済のなかで地位を確立したのも「良い品物を大量に安く」作るという原点があったからです。この考え方はアメリカに学んだものですが、今ドはアメリカが再度挑戦する番となりました。クリントン氏は企業競争力の強化ではまず投資減税を実施すると約束しています。
 次に約束しているのは社会資本の整備です。ロサンゼルスの大地震で印象的だったのはハイウェーなど道路の老朽化でした。遠目でみればアメリカの社会資本は日本と比べものにならないくらい成熟していますが、よく見ると建設されたまま補修されることもなく放置されているのが現状です。冷戦時代に社会資本の整備よりも軍備増強に走ったつけが、国民生活に回っているのは旧ソ連だけではありません。
 これまでのレーガン、ブッシュ大統領の12年の共和党政権時代の西側社会の求心力は、ソ連への対抗意識でした。先進国政脳会議(サミット)が生まれたのもソ連に対する西側の結束力を誇示するのが大きな目的でした。しかし、もはやそうした求心力は存在しません、アメリカがこれまで冷戦下で犠牲になっていた国内経済に向かうのは自然の流れといえましょう。
 手探りの日米関係
 アメリカが国内経済の復活に向かうということは逆にとらえれば、これまで結束していた欧州や日本との関係が薄れるということにつながります。薄れるだけでなく、日欧企業との競争に対して国益重視主義が台頭することにもなりかねません。
 戦後アメリカは自由主義休制を軍事力で守ってきただけでなく、広大な市場を開放することによって自由貿易体制の受皿になっていたという側面もあります。
 アメリカが国益を重視し、国内企業が活性化すれば、当然。海外からの輸入は減少します、アメリカが世界の市場でなくなることはまさに日本やアジア諸国にとって死活問題となるのです。
 クリントン氏は選挙戦を通じて米包括貿易法スーパー301条(不公正貿易国と行為の特定・制裁)が復活されることを示唆しています、89、90年の2年間の時限措置として、外国に不公正な貿易があれば一方的に制故するという強硬手段で、当時日本に対してはスーパーコンピュータや人工衛星、木材製品が槍玉に上げられました。
 一部の有識者はこうしたクリントン氏の選挙戦運動を通じて、クリントン政権誕生によって日本への風圧が高まるとの懸念を示しています、しかしクリントン氏はアメリカ経済の競争力低下を外国企業のせいにするのではなく、アメリカ企業自身の問題ととらえており、一方で外交の継続を約束していることから、アメリカの対日政策がそう大幅に変更するとは考えられません、
 ただ、日本の対米貿易黒字が昨年から再び増加傾向にあるなど、統計数字でみる限り日米の経済的関係は改善の跡がみられないことは心配です。アメリカ経済が期待ほどよくならない場合は議会を中心に対日強硬策が生まれ、太平洋をはさんで再び日米経済摩擦が吹き荒れる可能性も否定できません。
 アジアと人権問題
 クリントン大統領の誕生で一番心配されているのが、中国などアジア諸国とアメリカの関係です。民主党は伝統的に「人権」問題を重視してきましたし、クリントン氏自身も具体的に天安門事件に言及して中国政治を批判してきました。
 ロシア共和国や東欧諸国は民主的政治を優先して経済的混乱に陥っています。一方でアジアの国々は新興工業国・地域(NIES)や東南アジア諸国連合(ASEAN)など、政治的自由をある程度犠牲にしながら経済成長を優先させてきました。
 とくに12億人の人口を抱える中国は社会主義体制のなかで市場経済を導入し、経済的テイクオワを図りつつあります。日本はどちらかといえばアジアの立場を理解しつつ、サミットなどの場でも欧米諸国に対して寛容な対応を求めてきました。
 アメリカが人権問題を全面に押し出してアジア外交を展開すれば、アジアはアメリカという巨大な市場を失い、たちどころに経済的停滞に戻ってしまうでしょう。またアジアの立場を支持してきた日本のあり方をも間われかねません。
 いまやアジアの経済は世界経済をリードする立場に立っています。世界の製造業の中心といっても過言ではありません。日本としては引き続きアジアと西欧社会との架け僑の役割が求められるでしょうし、アメリカが新しい世界戦略にアジアをどう取り組んでいくかも、クリントン政権の行方を左右する課題となりそうです。(共同通信・伴武澄)