アジアで普遍性を持ちえるのはひょっとしたら香港ではないかと考えている。
 香港の人口の90%以上が中国人だが、日本人、東南アジアの華僑、台湾人を中心に人口の出入りが激しい。香港への移民や香港での労働に関しては厳しい規制があるが、ベトナム難民を5万人も受け入れるなど極度に狭い国土という制約のなかで懐の深さをみせている。

 中国・華僑文化の十字路
 東南アジアの経済を牛耳っているのはもちろん華僑パワー。4000万人の中国系住民が生活を営んでいるその人口の重みは韓国の人口やフランスの人口に匹敵する。こうした中国系住民は広東省や福建省を中心とした南部中国が出身地。戦後、中国が共産化してことによって、中国の唯一の自由港である香港との経済的、文化的きずなを強めてきた。いまでは経済的な交流も通じて香港と東南アジアとが一体化しているといっても過言でない。
 台湾、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアなど東南アジアで流行する映画、流行歌の源流は香港であるといっても言い過ぎでないほど東南アジアにおける香港の影響力は大きい。
 逆にいえば香港で成功すればアジアで成功することにつながる。日本の映画や流行歌もいったん香港で中国語に翻訳されてアジアへ流れる。こうした文化面で香港が果たしてきた役割はあまり気がつかれていない。
 香港の持つ普遍性は香港人自身もまだ気が付いていない。もちろん香港政庁がそうした文化政策を持っているわけでもない。あるとすれば強烈な文化パワーを持つ中国人の性向なのかもしれない。加えてヒトの交流の場であり、自由競争が存在していることにも言及する必要がある。
 香港の存在は従来、中国にとってより重要だった。共産中国からするは香港は西側に開かれた唯一の窓。西側情報の収集、西側ハイテク技術の導入、海外華僑からの送金の窓口、共産主義に抑圧に耐え切れなかった人々からみると、唯一の避難地だった。

 タックヘイブン・香港
 しかし、いまではそうした様相は大分違ってきている。まず日本など先進諸国にとって完全な自由競争が存在する市場は金融、貿易面でも重要となっている。また、税金が安く、海外で取得した利益に対して非課税であるところから税金の避難地、タックス・ヘイブンとしても存在価値が高まっている。

 グレーダー香港の出現
 最近では、中国進出の重要な拠点として注目されている。中国への外資導入のうち90%を香港からの資金が占めているという事実はそのことを如実に物語る。
 香港と中国の国境地帯に深川という経済特別区が生まれ、その奥の広東省全体もいまや海外からの投資を受け入れる経済開放区となっている。
 この10年間にこうした地域に進出した香港系企業の数は、89年末でなんと1万2000件にも及ぶ。ゴム靴やおもちゃといった伝統的香港グッズからカラーテレビなど家電製品、アパレル、自転車までありとあらゆる製品が中国で生産され、場合によっては『メイドイン香港』のレッテルが貼られて香港を通じて欧米に輸出されている。
 国境なき経済化が進む世界経済を凝縮した姿が香港を中心に南部中国で展開しているといってよい。
 89年6月の天安門事件以降、中断していた香港からの中国への投資も90年年初から再開している。香港人のしたたかさともいえるが、『天安門事件から半年過ぎても南部中国の改革開放経済への影響は全くなかった』(香港貿易発展局)からだ。
 香港から中国へ進出しているのは何も香港企業に限ったことではない。日本や欧米企業も近頃では、いったん香港で途中下車して中国へ向かう傾向が強い。同じ人種で同じ言語を使う香港人を仲介して進出した方が技術の移転も早いという。そしてリスクも小さい。北京政府は嫌うが香港人は広東省を「グレーター香港」と呼ぶ。

 アジア初の放送衛星
 香港での最近の出来事で注目を集めているのが、今年4月の「放送・通信衛星」の打ち上げだ。日本を除くアジアで初めての商業用衛星に出現によって、アジアの文化地図が大きく変わる可能性があるというのだ。
 この衛星会社は李嘉誠グループと中国の国際信託投資公司、英国のケーブル・アンド・ワイヤレスの合弁会社で、衛星本体は米ヒューズ社製だが、中国の四川省の宇宙基地から中国国産のロケットで打ち上げられた。
 放送エリアは北は台湾から南はシンガポールまでをカバー。もちろん衛星放送対応テレビさえあれば南部中国でも受信可能。いわば中国・華僑文化圏を瞬時にしてすっぽりカバーする初めてのメディア媒体となる。
 これまでもこれまでも香港は映画や音楽を通じてこの地域に多大な影響力を及ぼしてきたが、これからは「より積極的な影響力の行使が可能となる」ということについてはほとんどの日本人がまだ気付いていない。
 東欧の自由化を導いたのが欧州共同体(EC)諸国の衛星放送だったことは周知のことだが、香港の放送衛星が中国の人々にとって西側世界を映す「大きな窓」になれば、このことは北京政府にとってただごとならない脅威となる。