小錦の大粒の涙

 大相撲1989 年、九州場所で小錦が優勝したとき、大粒の涙を流し多くのファンの感動を呼んだことは耳に新しい。あの日本的な湿っぽさとはまるで縁のないと思われた小錦でも大相撲の世界で鍛えられるとああなるのかとの感慨もあった。
 いまのところ、大相撲の世界に外国人はほとんどいない。日本的特殊なしきたりをいまだ維持している数少ない世界である。しかし、この世界に米国人らが大挙して参入したいといってきたらどうなるのだろうか。あり得ない話ではない。
 25年前、東京オリンピックで柔道を正式競技のひとつとして導入したとき、どういう議論があったか、思い出してほしい。『柔よく剛を制す』というのが柔道の醍醐味でそれまで階級制というものがなかったのが、軽量、中量、重量のクラス分けがなされ、その上に無差別級を設けることで、ようやく柔道の伝統を残したという経緯がある。
 大相撲が国際化がもし国際化した場合、まっさきに求められるのは『大相撲階級制』導入ではないかと思う。柔道が階級制を導入することで国際的普遍性を持ったように、大相撲も階級制なしでは普遍性を持ちえないように思うからだ。
 国際化とは、まさに特殊な国内制度を普遍性を持った制度に切り換えていくことではないか。講道館が柔道に階級制導入を認めたように、貿易や経済の分野でも長年慣れ親しんできた制度や慣行にメスを入れて国際的に分かりやすいものに変革していく必要があるということであろう。
 構造協議を分かりやすくいえば、こういうことではないかと考えている。

伴武澄 について

新聞記者を定年退職後、高知市へ帰り、旧鏡村でシイタケとクレソンを栽培しながら、はりまや橋商店街で毎週金曜日に露天を商い、その夜に「夜学会」を開催するスーパーおじいさん。
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