パレスチナ、ペリシテ人の土地 夜学会201

イスラエルとパレスチナで武闘が再開した。二つの民族が自らの故郷を守ろうとしているのだから根が深い。ユダヤ民族が祖国復興を目指したシオニスト運動から200年、第一次大戦でユダヤ人の歓心を買おうとしてパレスチナの聖地をユダヤ人に解放する旨を宣言したことによって、イスラエル建国運動は加速。第二次大戦後の1948年、イスラエルは独立を宣言、70年にわたって中東で戦火の絶えることがない。

賀川豊彦の随想集『黎明を呼び醒ませ』は昭和12年1月刊行された。時代は中国国民党との戦争勃発の直前である。2年後には欧 州で世界大戦が始まる。書き出しの「序」には「師走のどす黒い憂愁が、日本の戸口を覗いてゐる」「不義は、愛国心の名を藉りて民族の霊魂の殿堂を脅す」と いった危機感を漂わせる。「放浪民族の運命」の中でユダヤ人がなぜ世界から圧迫されるのかを書いている。

パレスチナの語源はペリシテ人の土地という意味で、旧約聖書の時代から存在する。現在のイスラエルとパレスチナに加えて、ヨルダン川東域をも含めた領域を示していた。

そのパレスチナに、モーゼが引き連れたエジプトのユダヤ人やってきて、初めて国家を建国した。ユダヤ人からすれば、約束された地、カナンということになるのだ。ユダヤ人はペシリテ人を蹴散らしてイスラエル王国とユダ王国という二つの国をつくり、数百年統治した。

先住民だったペシリテ人はエーゲ海全域に散って後のギリシャのミケーネ文化をつくった人々とされているらしいから面白い。

旧約聖書を読むと、カナン(パレスチナ)は「乳と蜂蜜の流るる郷」だったのだから、今のような一面砂漠ではなかったのだろう。そこでユダヤ人たちは壮絶な戦いを繰り返している。旧約聖書の一部はほとんど戦記に等しい。

伴武澄 について

新聞記者を定年退職後、高知市へ帰り、旧鏡村でシイタケとクレソンを栽培しながら、はりまや橋商店街で毎週金曜日に露天を商い、その夜に「夜学会」を開催するスーパーおじいさん。
カテゴリー: 夜学会, 賀川豊彦 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です