賀川豊彦と関東大震災 夜学会109

12月7日(金)の夜学会

テーマ:賀川豊彦と関東大震災

時間:午後7時から

場所:はりまや橋商店街イベント広場。

 1923年9月2日、賀川豊彦は神戸で関東に巨大地震が起きたニュースを新聞で知った。その日の船で横浜に向かい、焼け野原となった横浜から東京を歩いた。一番被害がひどかった本所・深川地区の救済が必要だと考え、関西に戻って、関東の窮状を訴え、募金活動を開始した。10月、活動の拠点を本所に移し、テント村をつくり、住む場所の確保と炊き出しから始めた。テント村では子どもたちを預かり、親が自由に行動できるように計らった。賀川には「東京が貧民窟になる」という危機感があった。ボランティアという日本語が存在しなかった時代、自ら計画し行動した。本所には全国から多くの支援者が駆け付けた。まさに八面六臂の活躍とはこういうことをいうのだろう。

伴武澄 について

新聞記者を定年退職後、高知市へ帰り、旧鏡村でシイタケとクレソンを栽培しながら、はりまや橋商店街で毎週金曜日に露天を商い、その夜に「夜学会」を開催するスーパーおじいさん。
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