高知新聞の図書欄に伊藤痴遊「明治裏面史」という本が紹介されていて、興味をもって取り寄せた。調べると、伊藤痴遊は講談師、政治家となっていた。明治14年に15歳で自由党党員となったぐらいの政治好きな少年となった。戦後、その名はすっかり忘れ去られてしまったが、戦前は伊藤痴遊全集が出るほどの有名人だった。興味を持ったのは講談師という肩書だった。言論が自由でなく、政治集会は厳しく制限されていた時代、伊藤痴遊は高座で政治談議を始めたのである。発想が実に柔軟だった。高知での自由民権運動は替え歌などを通じて伝えられたり、巻き狩りと称して山間地で集会を行ったりしていたのだから、高座で政治談議が行われていたとしても不思議ではない。 「明治裏面史」は明治の元勲ら人物を通して歴史を語ったものである。まだ読み始めて間もないのだが、榎本武揚が幕府の艦隊を率いて函館に渡り、蝦夷地に徳川の遺臣たちによる共和国をつくろうと考えた背景に勝海舟によるそそのかしがあったというのだ。歴史にもしはないというが、榎本らがいぞ地に共和国をつくっていたら日本の歴史は大きく変わっていただろう。