大義がない安倍首相の安保法制

安倍首相の安保法制に大義がないのは、自衛隊の派兵を「日本の防衛」に徹しているからだ。もっと世界のために、アジアのために自衛隊が働くというの であれば、憲法違反であっても心情的に現在の政権になじむことができるのだが、安倍首相の場合、「日本の防衛」を強調するばかり。これではいくらなんでも 手前勝手に聞こえる。

海外から見ても、そうだと思う。今回の安保法制騒動は、日本って国は結局、自分のことしか考えていない国なのだということを改めて知らしめてしまったのだ。どこに国だって自国の安全が第一であるが、やはり政治には大義が不可欠だ。

そもそもこれまでの戦争に大義があったとは思わないが、ウソでも一応「民主主義のため」とか「アジア解放」とか大義を掲げていた。

日本の自衛隊が世界か少なくともアジアの安全保障のために働くと主張したのであれば、もっともっと賛同を得られたのにと思うが、やっぱり安倍首相の安保法制案は動機が不純。というより安倍首相は少なくとも宰相の器ではないのだ。

こんな人を掲げて自民党が総選挙に圧勝できた日本ってやはり人材が払底している。何度、日本人をやめたいと思ったことか。

伴武澄 について

新聞記者を定年退職後、高知市へ帰り、旧鏡村でシイタケとクレソンを栽培しながら、はりまや橋商店街で毎週金曜日に露天を商い、その夜に「夜学会」を開催するスーパーおじいさん。
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