正月に神社仏閣にお参りすることを「初詣」という。神社は日本の神さまを祀る社殿であり、あまり人がいなく深閑としているというイメージがある。しかし、正月だけは違う様相を呈する。明治神宮などでは初詣に際して臨時の信号機まで登場するほど人々が押し寄せる。信仰というより、人々の正月の行事の一つとなっているからだ。
 今年はそんな初詣風景でちょっとした異変が起きた。伊勢神宮(三重県)と出雲大社(島根県)である。普段の何倍もの参拝客が押し寄せ、伊勢神宮では参拝をあきらめる人もでたほどであった。日本の神社は数え切れないほどの神さまを祀っているが、アマテラスを祀る伊勢神宮とオオクニヌシを祀る出雲大社は別格。その別格である二つの神社が昨年、同時に遷宮の年を迎え、日本人の心を揺さぶったというのが深層なのかもしれない。
 遷宮というのは、神さまがやどるご神体(多くの場合は青銅鏡)を新しい別の社殿に移すことであり、社殿の建て替えである。出雲大社の遷宮の時期は定まっ ていないが、約60年に一度行われてきた。伊勢神宮では1400年前から戦国時代の約100年を除いて、20年ごとに遷宮を繰り返してきた記録がある。神 さまを常に新しい社殿に住んでいただき、人々に「原点にかえる」意味を与えてきた。
 アマテラスは日本語では天照大神と書く。太陽の神さ まで、神話では天皇家の”祖先”として伝えられてきた。伊勢神宮には樹齢数百年の巨木の森の中に大小125の社が点在している。それぞれに月の神さま、風 の神さま、土の神さま・・・を祀っているが、その中心がアマテラスを祀る正宮である。そのすべての社を建て替えるのだから大変な行事である。今回は500 億円を超える予算と8年の年月を要した。
 伊勢神宮の参拝者は2年ぐらい前から増え始めた。普通でも年間400万人の参拝者があるが、昨 年はその3倍以上の1420万人が訪れたという。同じ年に日本を訪れた外国人観光客が初めて1000万人を超えたことが大きなニュースになったが、伊勢神 宮の場合はたった一つの神社への参拝客であるから、驚きは大きい。
 伊勢神宮参拝の楽しみは、参道にあるおはらい町、おかげ横町という繁 華街がある。お土産屋や飲食店、芝居小屋まであり、参拝後のひとときをすごす空間である。赤福という菓子屋はあんこ餅で有名だが、毎月違う味の餅を一日に だけ販売する「朔日餅」があり、買い求める参拝者により早朝から長蛇の列となる。
 伊勢の地にアマテラスが祀られたのは、西暦700年代 末期の天武天皇の時代とされ、皇室以外の参拝は禁止されていたが、江戸時代になって、庶民から「お伊勢さん」と親しまれ、「一生に一度は伊勢参り」といっ て人々たちが伊勢の地を目指した。年間30万人がやってきた。自動車も汽車もない時代のことで、日本の人口も現在の3分の1の3000万人ぐらいだったこ ろであるから、大変な数字である。しかも、何回か「お陰まいり」と称して数百万人が押し寄せるブームもあったから日本人の伊勢神宮に対する思い入れが分か ろうというものだ。
 江戸時代の農村部にはほとんど娯楽がなかった時代。伊勢神宮には御師(おし)という人々がいて、全国を歩いて伊勢参 りに誘った。現代流にいえば、ツアーコンダクターのようなものだが、お土産に「伊勢暦」(農業暦)を携え、人々の「伊勢請」という旅費の積立制度の普及に 尽した。
 伊勢参りにはもともと物見遊山的要素が多分にあったが、日本人の心情として、社殿の前で「二拜二拍一拜」すると何か心の中がす がすがしくなるから不思議だ。今年に入っても伊勢神宮参拝客は減るようすをみせず、平成のお伊勢参りがしばらく続くことになりそうだ。(萬晩報主宰 伴  武澄)