龍谷大学 教授 中野 有

 生活の実感は途上であるが客観的に日本経済の現状を観察すると楽観的な要素のオンパレードである。
 企業の内部留保金が過去最大レベルに達している。しかも世界の株式の時価総額が過去最高であり、新卒の就職状況が改善されており、新卒者に関しては日本は世界で最も就職しやすい国である。加えて、OECDの国際成人力調査によると、読解力、数的思考能力が世界一である。
 約1年前に「アベノミクス」がスタートしたのであるが、順風満帆の環境はまだまだ続いている。想定以上の成功要因は、政府や企業の内部要因と外部要因による。内部要因は、明確なビジョンや戦略を示すことにより作用する。大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する経済成長戦略は、政府、企業、国民の努力により達成されるものである。アベノミクスにつきがあるのは、世界の株価が上昇しているように外部環境の影響でもある。
 内外の環境が良好なタイミングに日本のモチベーションを高揚させる戦略を考察することが重要である。そこで極めて重要なことは、日本の社会的構造を鑑みて未来を担う若者の野心を高めるための具体的なビジョンを示すことである。
 アベノミクスは、企業の業績が伸びれば賃金や雇用が上昇し、所得が上昇し家計が豊かになり消費が増え、税収も増え、政府はより経済成長の伴う財政政策を推進し公共財に磨きがかかり日本が魅力的になり世界から観光客が増え、海外からの直接投資も進展すると楽観的なシナリオを提示している。
 国民の関心のプライオリティは賃金の上昇である。企業の内部留保金は約280兆円。一人当たりに換算すると約250万円。企業の内部留保金を賃金の上昇に反映させることは大切である。しかし、メリハリの効いた先行投資に直結しなければいずれは現在の好景気にも反作用が起こる。
 そこで、日本の弱点を克服することにより日本経済を上昇させる戦略を考えたい。先に述べたように日本の読解力と数的思考能力は世界一である。しかし、IT等の最先端のイノベーションの創造性はトップクラスに入ってない。世界の中の日本人は、「ピーターの法則」で説明できるように、大企業に勤務する日本人の多くは、ある仕事をそつなくこなす人間は他のどんなことをやらせてもうまくこなせる確率が高い。多くは能力の限界まで出世する。
 優秀な日本人に必要なことは、技術革新の時代における創造性の機会提供である。企業の内部留保金を最新のイノベーションにつながるプロジェクトを創造する若手に重点的に配分することにより組織の変革に新風を引き起こすのではないだろうか。
 僕は企業、国際公務員、シンクタンク、大学の経験を経て、企業や組織にとって必要なことは、バーナードの組織論が示すように協働意志、共通目的、コミュニケーションであり、これらは単に経済的誘引で動機つけられるものでなく非経済的誘引であるモチベーションであると考える。
 企業の内部留保金を若者のモチベーションを高揚させるために有効に活用することこそ最重要課題である。理科系と文科系のミックスによる小さなチームを編成して、イノベーション、技術革新、世界に通用するコミュニケーションを包括したプロジェクトに挑戦する機会を提供する。短期の利益追求でなく中長期的な目標を定め非営利的であってもモチベーションが高揚し、日本人の短所である革新技術の創造性とグローバルなコミュニケーション(グローバル・イングリッシュ)が克服されることにより次なるステージに向かうことができると考える。
 7年後の東京オリンピックに向け、世界一である日本人の読解力、数的思考能力に加えて、創造力と世界と自由にコミュニケーションできると能力を世界のトップレベルに上昇させる。少子高齢化の世の中、希少価値のある若者のモチベーションが日本の未来を変えると思う。とにかく元気の出るビジョンが希求されている。