複雑なシリア問題とオバマ外交 中野 有
龍谷大学 教授 中野 有
シリア問題は複雑である。「アラブの春」から3年、チュニジア、エジプト、リビアの独裁政権は崩壊した。しかし、シリアでは化学兵器が使用され、内戦が絶えない混沌とした「アラブの冬」に陥っている。
シリアのムアレム外相は、「内戦でなくシリアを攻めるテロと戦っている」と国連総会で演説をした。911の報復としてイラクのフセイン政権やアルカイダを攻撃した米国と同じ考えである。シリアの反政府側の背後にアルカイダ等のテロ組織が絡んでいる。米国の敵はアルカイダ等の国際テロ組織であるのにこともあろうに米国はシリアの複雑な問題に踊らされ敵を味方としているのである。
シリアで内戦が激化する情勢の中、オバマ大統領は軍事介入のタイミングをシリアで化学兵器が使用された時と訴えてきた。レッドラインで牽制してきたが世界の警察官である米国は一線を越えたシリアへの軍事攻撃のタイミングを逸した。理由は米国の同盟国である英国がシリアへの軍事介入を見送ったことなどから米国内も一国による軍事介入の無謀さへの批判が高まったからである。
今のシリアの状況を学校のいじめと考えてみると、弱者がいじめに遭遇しているのに誰も助けようとしない状況が続き、最後に凶器を持って止めを刺されたのに周りが無関心を装っているに等しいように映る。
オバマ大統領は化学兵器の犠牲になった子供たちの立場や人道問題、そして化学兵器の禁止を明確に訴えるために軍事制裁が不可欠であると、まるで「やられたらやり返す、倍返しだ」と米国民に問いかけてみたが変化は起こらなかった。
大統領の権限で武力行使が可能であるがオバマ大統領が議会の承認で躊躇しているときにロシアのプーチン大統領は、シリア問題を外交的に解決する戦略を打ち出した。プーチン大統領はニューヨークタイムズに寄稿し、米国の民主性に疑問を提示し、国際連盟に米国が入らなかったから第二次世界大戦を引き起こし、戦争の代償でできた国際連合においても米国は国連決議なしでの軍事行動を起こすという国連軽視が世界に悪影響を与えると主張した。
プーン大統領はシリア外交戦略に関するコラムにより外交が軍事を凌駕する思考で世界の外交の主導権を握ると同時に、上海協力機構を通じ、中国、中央アジア、イラン等との協力体制を固めた。そしてプーチン大統領の主導により国連安保理のシリアの化学兵器廃棄に関する決議が満場一致でなされた。この法案にアサド政権が遵守を怠った場合、軍事制裁も含むとの米国の意思も含まれた。
今回の決議案が議決されるまでにシリア内戦を巡り国連安保理の常任理事国である米・英・仏がアサド政権批判の決議案を提出したがアサド政権を支持するロシアと中国の拒否権により国連の無力化が表面化した。
大多数のメディアは、プーチン大統領が世界の外交の主導権を握りオバマ大統領の存在感が薄くなったと論じている。ニューヨークタイムズの外交コラムニストのトーマス・フリードマンは「オバマ大統領の頭に白髪が増えたのはシリア問題のせいであり、もしプーチン大統領がシリア問題で外交戦略を示さなかったらオバマ大統領の頭ははげたかもしれない、いやオバマ大統領の頭がピンクに染まらない方が良い」とのオバマ大統領の変化を示している。
しかし、シリア情勢を分析してみると、実はオバマ政権のしたたかな外交戦略が結実したと次の5つの視点から観察できないだろうか。第一、オバマ大統領はアフガン、イラク撤退に見られるように世界の警察官の役割より米国の雇用問題に重点をおく国内問題を考えている、第二、軍事介入を見せかけながら戦争で利益を得る軍産複合体の圧力を如何に回避するか、第三、シリアやロシアを動かすためにはレッドライン設定による本格的な軍事の圧力が必要であった、第四、国連安保理の中露の拒否権を拒むためにはプーチン大統領のイニシアティブが必要であった、第五、米露の共通の利益の合致点は国際テロ(反政府側)であるとの認識。
シリア問題が国連を通じて解決に向かうことにより北朝鮮問題も新たな展開が期待できる。昨今の中東情勢の変化において米国務省やシンクタンクは綿密な戦略を練っていると思われる。何故ならアウフヘーベン(止揚)がオバマ外交から読み取れるからである。