日本で失業保険が誕生したのは神戸市である。そしてそれをつくったのは賀川豊彦の弟子の武内勝であることはほとんど知られていない。武内方式がやがて東京市でも採用され、全国に広がった。そう考えると失業保険一つとっただけで賀川豊彦という人物を再評価する必要があると思うのだ。
 このことは賀川豊彦の『日本協同組合保険論』を自炊していて感じたことである。以下、その十四章を転載する。

  第十四章 失業保険組合の諸問題

 道徳危険率の最小限度
 我国に於いて正式に失業保険組合というものは法制化せられていない。しかし、労働者共済組合の名に於いて神戸市役所は既に昭和十年頃より、失業救済の方式を案出した。この方式は神戸市労働紹介所長、武内勝氏の努力によって結実したものというべきであって、我国の労働法制上には特筆さるべきものである。
 西洋に於いても自由労働者の失業保険組合は見出すことが困難である。然るに神戸市に於いては自由労働者は毎日五銭ずつ、共済組合費として出資する義務を負わされている。同時にまた傭主も自由労働者を傭う場合には、共済組合費として賃金のほかに五銭を支出しなければならない。さらにこの上に神戸市役所が相当なる補助金を支出することになっている。
 これは好景気のときでも継続せられているために、不景気になったからと言って。失業保険金の支出に困難を感じることはない。
 しかし、毎日、失業手当金を給付すれば怠惰者を作るので。毎月三十日のうち三日休んで二日は必ず労働しなければならないことになっている。そしてあとの十八日間に対して失業給付の手当が毎日六十銭ずつ与えられることにしてある。それで凡ての自由労働者は毎年十月一日労働紹介所に登録しなければならない。そして失業した者はその登録順によって数班に分ち四日目に二日ずつ仕事が与えられるようになっている。
 三日休んで四日目の労働は土木匡救事業によって仕事が分配されるように工夫せられている。この方式を昭和四年、東京市役所も採用したが、自由労働者は非常に満足し。それまで不平に満ちていた自由労働者は忽ち平静に帰り、いかなる不況時に於いても何等の動揺を見せなくなった。
 数年前、内務省社会局はこの方式を法制化しようと試みたが、不幸にしてち立消えになってしまった。洵に惜しいことだと思う。

 欧米に於ける失業保険組合
 元来失業保険の如き道徳危険率の非常に高いものには、国家的共済保険は怠惰なる風習を労働階級に作る。英米に於いてはこれをドール・システムと言うている。
 「ドール」はローマ時代の「オドール」から転訛して来た言葉と考えられる。昔、ジュリアス・シーザーの時代にローマの自由市民が失業し、ローマ皇帝か権勢を示すために。毎日一人当たり一オドール(約五十銭)を支給して失業者を遊ばせたという話からドール・システムという言葉が生れたのである。
 それで、第一次欧州大戦以後、国家的失業保険の施行せられていた国々は、凡て尨大なる失業保険の出費のために悲惨な状態に陥った。ドイツ然り、英国然り、オーストリア、イタリー皆然りであった。
 それに反して労働階級の自制心に訴え、失業者協同保険組合を組織していた国々は経済的破局には直面しなかった。殊にベルギーはゲント市(Ghent=ベルギーではガンという)を中心として発達した失業者協同保険組合によって、熟練労働者の自助的失業保険が発達した。これはデンマーク、フランス、スイス、ノルウェー等約十箇国にまで波及し非常によき成績を収めた。もちろん政府の補助金も給与せられたが、労働階級自体も平素より積立金をなし、恐慌時に備える式になっている。
 然るに、西洋諸国の失業者協同保険組合は、傭主側なる資本家より何等の補助金を受けないが、日本の失業保険組合に於いては、傭主側よりも労働者と同額の出資が貰えるようになっている。この点、西洋と非常な差違がある。
 神戸市の失業者共済保険組合の特徴は、病気した場合に於いても失業と認めて、失業手当金が貰えることである。この点は労働者災害扶助法に併行したる施設として、労働階級が非常に助かっている。即ち神戸市の自由労働者は、職場先で負傷した場合、労働者災害扶助責任保険より保険金を貰い、失業保険組合より規定の給付金を二重に受け取ることになっている。それで神戸の自由労働者は非常に幸福であると言い得る。

 意識経済を基礎とする保険組合の勝利
 米国に於ける失業者は大規模の失業保険制度によって、国家より失業手当金を貰うことになっているが、最も特色のある組織は失業者自助協同組合であると思った。これは保険組合の組織ではないが、労力出資によって農家に労働を提供して食物を買い求め、運転手はトラックを運転して物品を運び、織物に関する技術をもっている者は着物を織り、家具製造に熟練している者は家具を製造し、各自己の技術を持ち寄って協同組合を組織し、その組織体によって協同生活を営む方式を執るのである。有名な小説家シンクレア・ルイス氏はこれを小説「協同組合」という書物のうちに面白く書き表している。
 この方式を見ても協同組合がいかに自立的道徳訓練を発揮し得るかが分かる。米国中部ミネソタ州ミネアポリスに於いては一九三一年頃、約一万五千人の失業者がこれに関係し、カリフォルニア州に於いては一九三六年、三万五千人の労働者が、この組織のうちに楽しき失業生活を送っていた。彼らには現金が無い。それで彼らは労働切符を発行してそれを金銭に換えて、その切符に金本位以上の役割を果さしめた。
 恐らくこの後、企画的統制経済がどれほど進歩する時代が来ても、失業問題が無くなる時代は来ないと思う。殊に欧州第二次大戦の後に於いては必ずやまた深刻なる失業問題が発生すると思う。しかし、その時にこそ我々は互助愛に目覚めたる意識経済より出発して、道徳的訓練のある失業者互助協同組合を組織するか、失業者協同保険組合を組織して、国家の危機を打開する必要があると思う。