平岩 優(ライター&エディター)

 日本でも再生可能エネルギーの買取制度がようやくスタートしたが、先進するヨーロッパではこんな話がまことしやかに喧伝されている。
 スコットランドでは、現在、スコットランド民族党が地方議会で多数派となり、英国からの分離独立運動が再燃している。独立後、そのスコットランドの屋台骨を支えるのが、洋上風力発電だというのだ。スコットランドでは、1960年代にも、沖合に北海油田が発見されたことで景気がよくなり、独立機運が高まったことがある。風力発電は電力を生むばかりではない、かつて盛んだった同地の製造業を再生する梃子になると期待されているのだ。
 そうした話が飛び交うほどに、いまヨーロッパでは、各国の洋上風力発電プロジェクトが目白押しだ。とくにその先頭を走っている英国の動きは突出している。
 つい最近、日本風力発電協会を訪れ、壁に張られたヨーロッパのウインドファームの分布図を見て、驚いた。英国の洋上ウインドファームといえば、ノースホイル(60MW)、世界最大といわれるサネット(300MW)などが知られているが、地図上の英国周辺海域にびっしりと開発計画エリアが書き込まれていたからだ。
 ラウンド3と呼ばれる英国の巨大プロジェクトの開発区域は9つで、開発が完了するのは2020年である。総事業費約13兆円、風車の数約7000基、総発電能力32GW。関西電力最大の大飯原発3号機の出力が1.18GWであるから、ざっと原発32基分に匹敵する。
 ヨーロッパでは1986年のチェルノブイリ原発事故後、デンマーク、ドイツから風力発電が広まっていった。1990年代後半には、陸上が飽和状態となり、風力発電の建設が洋上へ波及する。中でも、英国では地域住民の反対にあい陸上での風力発電の建設許可が得られず、早くから官民をあげて洋上風力発電の基盤整備に乗り出した。たとえば英国では風車を建てる大陸棚の所有権が王室にあり、利用するためには王室の資産管理を行なう機関とリース契約しなければならない。そして2001年にはラウンド1(1.5GW)が、2003年にはラウンド2(7.1GW)のプロジェクトがスタートした。
 英国以外でもドイツが2030年までに北海・バルト海に25GWの洋上風力発電を、オランダは2020年までに6GWの洋上風力発電を計画している。ちなみにドイツでは電力の16%を賄う再生可能エネルギーのうち風力が4割を占める。風力先進国デンマークでは電力の約26%が風力で賄われている。またスペインでも電力の約16%が風力由来であるが、2012年4月16日早朝には全消費電力の60%以上を風力発電の出力が占めたという。
 ヨーロッパを中心に多くの風力発電プロジェクトにコンサルタントして関わるGLガラードハッサン社の日本法人社長、内田行宣氏は「2011年、ヨーロッパで建設された風力発電のうち洋上風力発電は1割だが、2020~2030年には5割に達する」と予測する。
 風力発電の部品は1万点以上といわれる。風力発電が産業として成り立つためには、風車メーカーだけではなく、タワー、発電機、ベアリング、制御装置、さらにそれらの素材となる鉄鋼、FRPなどサプライチェーンが必要となる。内田氏は「洋上風力発電のサプライチェーンは成長期に入り、産業段階に移行した」と断言する。
 そもそも当初は陸上の風車をそのまま洋上で使用したが、整備・保守を容易にするために改良されたり、障害物がないので5MW以上の大型化が可能となるなど、洋上向けの風車が続々開発されている。また、水深5~10メートルの沿岸部には適地が少なくなり、現在、開発は沖合の水深50メートルの海域に移行している。そのため、工法も海底に円柱形のモノパイル基礎を打ち込む方式から、トライポッド(三脚)による着床式などに移行している。さらに深い海域でも可能な浮上式風力発電の実機による試験もノルウェー、ポルトガルで行なわれている。
 こうして洋上風力発電市場が形成される中で、斜陽化した造船所が買収されて、トライポッドの製造・積み出し基地に再生され雇用を生み出すなど産業の新陳代謝も活発だ。深い海域の建設作業にも対応できる専用船舶や風況を簡易に計測するシステムも開発されている。
 ヨーロッパではEU指令により、2020年までに域内の消費電力の20%を再生可能エネルギーで賄う計画であり、もはや後戻りはない。
 そういえば、先日、日本の風力発電のメッカの一つである長崎県のメンテナンス事業者が全国の風力発電所から受注しているという話を聞いた。早くからグリーンエコノミーの掛け声ばかりが目立つ日本。再生可能エネルギーの導入に弾みがつくかどうか、最後の正念場を迎えている。
 世界最大の洋上風力発電所、サーネット・オフショア・ウィンド・ファーム。英国南部のケント沿岸にて。2010年9月23日(ロイター)