7月10日(火)。オリエンテーリングの時、スタッフの山本堪さん、ぼくらはもう堪ちゃんと呼んでいるのだが、その堪ちゃんが手作りの「土佐山日記」をみんなにくれた。僕が土佐山日記を始める前にすでにアカデミーでは土佐山日記が用意されてあったのだ。
 日記の表紙は、紺色と鶯色ともう一つ色があって、どういうわけか最初に売り切れたのは紺色の日記だった。最初の日が7月2日で最後は9月22日である。線は引いていないから、縦書き、横書き、自由自在である。天気や気温を書く欄もある。毎日気づいたことを書いて欲しいと言った。
 なかなかよくできた日記帳で、旧暦の日付もついている。堪ちゃんは「農業は基本的に旧暦で行うのだ」という。説明もうまい。「太陽暦で七夕の7月7日は梅雨時で天の川なんて見えないが、旧暦でいえば8月末だから、たぶん天の川が見えるんだ」とも言った。なるほど日本の季節感というやつは太陽暦では分からないのだとガッテンした。
 金さんがいうには「韓国では正月は旧暦で祝う」のだそうだ。中国でも正月といえば旧暦である。たまたま土佐山で読み始めた『土佐百年史話-民権運動への道』(高知新聞編)に明治4年、日本で太陽暦が導入されたと書いてあった。その本では坂本龍馬が暗殺された日は11月15日で、季節はまだ冬ではない。龍馬がシャモ鍋を食いたいと宿の小僧に買いに行かせたところを急襲された。旧暦の11月は今で言う12月だからその寒さが分かるはずだと書いてあったことを思い出し、その話を受講生に披露した。
 土佐山に一週間も住んでいるわけでもないのに、話は旧暦にまで及んだことにびっくりしている。なにげない会話の中から過去に学んだ多くの知識がバチバチ繋がり始めているのが面白い。僕にとって土佐山は大きな思考の触媒になるのかもしれない。そう思うと土佐山の生活に感謝せざるを得ない。
 きょうは堪ちゃんのことばかり書いてしまったから、堪ちゃんのことも紹介しておこう。堪ちゃんはドイツ、スイスでアートを学んできた人で、生まれは高知県越知町。元来が山の民なのである。ITにも精通していてアカデミーのホーム―ページをデザインしたのも堪ちゃんである。僕が最初にアカデミーに興味を持ったのはこのホームページの美しさからだったことも付け加えておきたい。