土佐山に住むにあたって限界集落という表現が気になり始めた。困ったもんだという語感があり、なんとなく不愉快である。住んでいる人々にとっては、もともと不便な土地であり、お金で計る価値観もないはずである。高齢者としての不安はあるだろうが、「限界」などは余計なお世話である。
 子どものころ、アジア・アフリカ諸国は低開発国と呼ばれた。世界には先進国と低開発国があったわけだ。当該国にが失礼になるということでいつの間にか途上国という呼称に置き代わった。そのアジアの一部から経済成長を早めた国家群が登場した。Nics.Newly Industrializing Countries(新興工業国)の頭文字からとった。
 アジアでは韓国、シンガポール、台湾、香港、中南米ではメキシコ、ブラジルなどで急速に工業化が進み、OECDが1979年に命名した。一人当たりGDPが2000-6000ドル程度の国家群だった。その中で台湾や香港は国家でないとされ、1988年、NIEs(Newly Industrializing Economies、新興工業経済地域)と呼称変更した。アジアの4カ国はその後も成長を続け、GDPは先進国の領域に達した。日本を含めた先進国は追いつかれある部分追い抜かれた。
 7月から学ぶことになる土佐山アカデミーは高知県の旧土佐山村にある。人口は1000人。いわゆる限界集落と呼ばれる地域である。年齢65歳以上が人口の過半を占めている地域で都会の人々がかってに呼び名をつけたものだと考えていたが、高知大学の社会学者である大野晃教授が1991年に言い出したというから驚いた。低開発国は先進国側が言い出した呼称だが、限界集落は高知県で生まれたのだから、自虐的呼称といってもいい。
 都市部にある自治体はこの限界集落になんとか雇用を生み出し、若者を定着させたがっている。だが、そもそも農業や林業地域は自給自足を基本としているから雇用という概念がない。人口1000人のわが土佐山には小さなスーパーが一軒あるかぎりで、食堂はおろか喫茶店も飲み屋もない。アカデミー受講生としての一番の心配は昼飯をどうするかということである。朝夕は自炊ということでも毎日、お弁当までつくらなければならない。
 20キロ車を走らせて毎日ランチというのではしゃれにもならない。