EUの危機とドイツ景気から学ぶ東アジア経済圏
龍谷大学社会学部教授 中野 有
かれこれ20年ほど、一貫して北東アジア経済圏の重要性を唱えてきた。理由は北朝鮮問題を解決するベストのシナリオは、日本と韓国の技術力と資金、中国の労働力、極東ロシアの天然資源、北朝鮮の労働力が相互補完的にシンクロナイズされることにある。北米とEUに並ぶ自然発生的経済圏が構築されることにより対立から平和にベクトルが変化し、アジア太平洋時代の繁栄の主軸となるからである。
仮にこの地域の対立が先鋭化し紛争が勃発した場合、天文学的数字の損失が発生するのは自明の理である。また、予防外交の視点で北東アジア経済圏の重要性が利害関係国の同意のもとに推進された場合のシナジー効果は政治、経済、社会、安全保障と全ての分野に浸透する。
特に、勢力均衡型や集団的安全保障を超越した経済協力や共生を主眼とした協調的安全保障が成立する。この安全保障のパラダイムは21世紀型安全保障として歴史に刻まれる可能性もある。
20年前にこのような理想を抱き実現のための活動に関与してきたが、今、新たな視点でこの構想の必要性を感じている。その発想の源泉はギリシャに端を発するヨーロッパの経済危機を尻目にドイツが一人勝ちしていることにある。
東西ドイツの統一にあたり西ドイツの負担を軽減することや統一ドイツのパワーを削ぐなど経済や安全保障等の様々な角度から協議が重ねられEUの構築が実現した。恐らくドイツの戦略家は、マルクからユーロにシフトされるメリットとして高付加価値製品を基軸とするドイツ産業が一人勝ちすることを戦略思考していたのではないだろうか。と考えられる。ユーロが弱くなることでドイツの輸出産業が活性化される。という単純なことを。
日本とドイツの産業構造は似ている。両国ともに天然資源に恵まれず先の戦争の敗戦国であり自動車など付加価値の高い輸出産業で国が栄えてきた。似た国であるがユーロ安と円高という対極的な外国為替の動向が経済成長の命運を分けている。ドイツが賢いのは、EUの中心的存在となりその経済圏内で不協和音が生まれユーロ安になったケースにおいてもなおドイツ経済が活性化されるというシナリオを創造したことにある。
一方、日本は中途半端な規制緩和やグローバリゼーションの推進によりリカードの唱えた比較優位理論による貿易や国際水平分業が効率的に行われていない。財政赤字が膨らみ貿易赤字も発生し、株価が低迷しているのに異常なレベルの円高水準が継続している。従って、産業の空洞化が継続して発生する状況にある。
これを打開する方法として冒頭に述べた北東アジア経済圏構築が考えられ、加えて円、人民元、ウオンが北東アジアの共通通貨に成長することにより異常な円高を修正することを可能にする。つまり、ドイツがEUとユーロの メリットを生かし付加価値の高い産業を中心に経済成長を達成しているように、日本も北東アジア経済圏構築による恩恵を得ることができると考察される。
今月から円と人民元の直接取引が始まった。ドルとユーロの価値が落ちる中、アジアの主要通貨が注目されている。今こそ、経済、社会、安全保障そして歴史の潮流を鑑みると北東アジア経済圏構築の絶好のタイミングではないだろうか。