由紀さおりのCDが国際的にヒットしていることを、1カ月前に知った。1月25日放映の「SONGS」でポートランドのジャズバンド、ピンク・マーティーニとの共演でアメリカで「デビュー」して、全米ジャズ部門でビッグヒットとなっていると紹介されてびっくりした。
 ニューヨーク タウン・ホールのコンサートでは、当たり前のように由紀さおりの歌声に魅了されているアメリカ人がいた。日本語の分からない人たちが日本語で歌う由紀さおりのCDを買う動機はどこにあるのか、専門家たちがくどくど解説していたが、考えてみれば、そんな不思議なことではない。われわれだってかつて、意味の分からないシャンソンやカンツォーネのレコードを買った記憶があるだろう。
 英語の歌は多少意味が分かったが、イタリア語などはチンプンカンプン。それでもジリオラ・チンクエティの歌などカタカナで覚えてしまったことがある。ミッシェル・ポルナレフの「オーマミ」など3歳の息子が口ずさんでいた。
  ピンク・マーティーニというバンドも知らなかったが、コンサートホールでの演奏が魅力的だったので、その晩、AmazonでCD「PINK MARTINI & SAORI YUKI」を探した。ななんと「3000円」。高いなと思ってスクロールすると輸入版もあった。これが半値以下の1387円。当然、輸入版を購入した。
 届いた輸入版CDには「日本語の歌詞カード」までついていてまたまたびっくりした。なるほど日本人アーティストのCDでも海外でプレスされるとこういう矛盾が起きるのだとあらためで考えさせられた。
 実は日本のポップスのCDが東南アジアで日本の半値で売られている状況が80年代からあり、それを逆輸入するビジネスがけっこう繁盛していた。日本のCDが二倍で売られていたのではない。円高が進んで内外に大きな価格差が発生しただけのことだった。
  90年代に入ると内外価格差を解消しようと多くの分野で輸入がさかんになった。輸入ビールが人気となり、L・L・BEANのカジュアルウエアの通信販売も 流行った。CDの場合、日本語が壁となり、「輸入」はなく、レコード業界は安泰だった。歌詞カードという日本特有のサービスも輸入CDを阻む理由となっ た。
 90年代前半、香港や台湾では日本のポップスが全盛で、CDショップでも人気だった。問題は価格設定だった。現地のCDも欧米の CDも日本円で1500円前後で販売されていたから、日本のポップスも同じ価格帯で勝負せざるを得なかった。その結果、逆内外価格差が生まれ、日本製CD の逆輸入現象が起きたのだった。規模は小さかったが、乗用車でも逆輸入という珍現象があった。
 なんとか逆輸入を阻止しようと、レコード 業界が政府に働きかけをし、2005年1月から、著作権法に「還流防止措置」が盛り込まれた。当時、文化庁は「日本の文化を守るため」などと時代錯誤なこ とを言っていた。還流防止措置は4年間限定だったが、なんと2009年にさらに4年間延長となっていた。
 2005年の「還流防止措置」導入をめぐっては多少はメディアが関心を示したが、同措置の「延長」はほとんど話題にもならなかった。筆者も由紀さおりのCDを購入するにあたり思い出した次第である。
 CDの輸入版は都会の大手のレコード店しか取り扱わないから、多くの由紀さおりファンは3000円の日本版を買わされているに違いない。筆者はこれは巧妙な詐欺だとしか思えない。読者のみなさんはどうお考えですか。