2010年03月30日(火)ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口 坦

 3月25日夜、ユーロ圏16カ国による首脳会議で財政危機に陥っているギリシャに対する支援策が合意された。これによると、この国の国債が市場で購入先を見つけられなくなったときには、ユーロ加盟国からこの国に通常の市場金利で融資されるが、その条件は国際通貨基金(IMF)から融資を受けることである。またユーロ圏加盟国のあいだで経済・財政政策を今まで以上調整することが合意された。
 もうかなり前から国際社会ではギリシャの財政危機のために単一通貨ユーロの崩壊、また欧州連合の危機がささやかれている。この支援策の発表によって危機は終息するのだろうか。数字をみればこの国の10年もの国債を買う気になれないが、今や経済動向は数字と無関係なところがある。
 メルケル独首相はIMFを介入させようとして加盟国から総スカンを食っていたが、土壇場でフランスとの妥協に成功し、他の加盟国がこの妥協に同意した。これはEUでよくあるパターンである。こうして欧州を牛耳ってみえる独仏だが、離婚しないためだけにいっしょにいる夫婦のように思われることが多い。

 同床異夢の独仏
 欧州統合についての独仏両国の考え方は昔から異なる。フランスは、米国に対抗できる強い欧州に発展させることを目標にし、そのために統合に熱心であったし、また欧州連合という国家の集まりを連邦制国家の方向に近づけようとする。国際通貨基金がユーロ圏に介入することに反対し、欧州は自力でギリシャを救済するべきだと考えることもフランス的発想である。
 またフランスはエリート社会で、エリート官僚が支配・指導する中央集権国家である。欧州連合の官僚機構も肥大し、加盟国に対して絶えずその権限を拡大しようとしてきた。フランスは欧州連合本部のブリュッセルに有能な政治家を派遣するだけでなく、そこの官僚養成にも熱心である。今回ギリシャのような問題国家を欧州連合本部が指導するために「経済政府」を設けるべきだという提案がされたが、これも中央集権的な欧州を目指すフランスとその息のかかったブリュッセルの官僚の夢である。
 戦争に負けて孤立したドイツにとって欧州統合は、便利でもあり、また面倒でもある「近所づきあい」に過ぎず、あまり重要視していなかった。フランスとは対照的にドイツは昔から欧州統合の拠点・ブリュッセルを国内で活動がのぞまれなくなった三流の政治家の天下り先とみなすところがあった。またドイツの考え方では欧州連合はあくまでも主権国家の集まりである。
 フランス人にとって統合とはドイツをこの欧州という枠に組み込み、その危険性を封じ込めることである。その経済力を発揮して強い欧州の実現に貢献することがフランスからドイツに期待されている役割である。フランスが昔から欧州の通貨統合を要求してきたのもこのためだった。ドイツはそれに長年抵抗してきた。ところが、ベルリンの壁が開いた後コール独首相(当時)は、ミッテラン仏大統領(当時)にドイツ統一に賛成してもらう交換条件として欧州単一通貨導入を承諾することを余儀なくされる。
 それ以来、本来欧州などにあまり関心がなかったドイツも、ユーロをドイツ・マルクの後継通貨とみなし、その安定性に特別の責任を感じるようになる。ここでいう安定性とは、ドルや円に対して強いというより、インフレを起こさない通貨で、購買力が失われないという意味である。
 メルケル首相の見解では、数字を粉飾してユーロ圏に加盟し、放漫財政を続けてきたギリシャを支援することは、財政規律の欠如にごほうびをあたえ、自国民に評判の悪い財政再建努力をする他の加盟国の意欲をそぐことになる。彼女が国際通貨基金(IMF)の介入に固執したのは、これが「お灸」になると考えたからだ。ドイツの考えでは、加盟国の財政規律と中央銀行の独立性こそ、通貨の安定を支える二本柱であり、だからこそドイツ国内ではメルケル首相は今回の首脳会談でユーロの安定を守ったとして評価されている。
 またドイツのメディアによると、メルケル首相は、「よいヨーロッパ人」と賞賛されて隣国のために一方的に払い続ける「欧州の支払いチャンピオン」のタイトルを返上したことにもなる。欧州統合となると、ドイツ国民は(現実の数字や事実を問題にしないで)自国がひたすら払い続けていると思い込んでいる。これは精神衛生上よくないと思われるが、昔からそうだ。

 タンゴは二人で踊る
 3月14日付けフィナンシャル・タイムズとのインタビューで、ラガルド仏財務相はドイツ経済を批判して注目された。彼女は「ユーロ圏内での貿易収支不均衡」問題を提起して、欧州にはドイツのように輸出競争力を強化し隣国に対して貿易黒字を増大させた国があること、現在ユーロ圏内でそのような国々と競争力のない国々の間に大きな不均衡ができてしまい、それがギリシャ危機によって劇的にしめされたと指摘する。
 仏財務相は「これらの(競争力の強い)国々は黒字分で少しぐらい何かできないのだろうか。タンゴは二人で踊るものだ」と述べ、輸出主導型経済が欧州にとって持続可能な経済モデルであることに疑問を呈し、競争力のある国々は輸入を増やすために内需を喚起するべきだと要求した。この発言はギリシャ支援に関して独仏が対立しているときのことで、気前よく払おうとしないドイツに圧力をかける意図がある。でも似たような論調は英語圏の新聞でもよく見られる。
 貿易上の不均衡であるが、ドイツなどの出超国の競争力が強くなったために競争力の弱い国の赤字幅が増えたのではない。というのは、ギリシャ・ワインとドイツの機械製品は競争関係にないからである。ドイツの内需増大は南欧諸国からの輸入増加につながらない。(日本人なら、昔あった日米貿易摩擦のときの議論を思い出すかもしれない。) ギリシャでバカンスを過ごすドイツ人がへったが、それは物価の安いユーロ圏外の隣国トルコのほうへ行くようになったからである。
 単一通貨が導入されていなかった頃は、加盟国は輸入が増えると自国通貨を切り下げ、外国製品が高くなって輸入がへった。同時に自国製品が安くなり競争力ができ輸出がふえて、不均衡が是正された。中央銀行が過度な金融緩和をするとインフレが加速し通貨が切り下げられた。こうして抗議運動による社会不安をおこすこともなく、為替相場で不均衡が是正できた。
 でも単一通貨の導入でこのような加盟国間の収支不均衡も見えなくなってしまった。また競争力の強いドイツの「黒字分」といわれても、ドイツ国民も政治家も困惑するだけかもしれない。というのは、強い競争力で儲けたのは民間企業のほうであって、ドイツ国家の「黒字」という筋合いのものでないからである。
 次にギリシャ危機とはあくまでも国家財政の破綻問題である。ドラクマ、リラ、ペセタ、エスクード、フランとかいった通貨単位で欧州諸国の国債が表示されていた時代には、その利回りは二桁代であるのが普通であった。当時この高利が放漫財政のブレーキとしてはたらいた。ところが、単一通貨導入でユーロ圏加盟国はドイツと同じように低コストで資金を調達できるようになった。この事情こそ今回の財政危機の直接的原因である。
 ドイツの経常収支は毎年2千億ユーロぐらいであるが、ユーロ圏全体の経常収支は百億ユーロ近くまでへってしまう。ラガルド仏財務相や英語圏のエコノミストの助言にしたがってドイツが隣国の迷惑になる競争力をなくす努力をしたら、いつかユーロ圏全体の経常収支も赤字になる。そのとき「タンゴは二人で踊る」と思っても、いつも誰かが相手になってくれるとは限らない。どの通貨も米ドルのような幸運にめぐまれるわけでないように思われるからだ。