ジャガイモ、トマト、そしてリンゴ(2)
リンゴの連想ゲームをすると、まず「ニュートンのリンゴ」が思い起こされる。リンゴがなっている風景を知らないが、ニュートンが本当にリンゴの実が枝から 落ちた情景を見ながら万有引力の存在を確信したのか疑わしい。リンゴというキーワードに新発見の重みを重ねたに違いないと勝手に想像している。
ウイリアム・テルが弓を引くのもリンゴだ。子どもの頭の上にリンゴを置いてそれを狙うなどかなり危険な行為だ。那須与一の扇子に向けて弓を引く平家物語の情景とは違いすぎる。
逆に白雪姫は毒リンゴだ。魔法使いが小人の家で憩う白雪姫を狙って真っ赤な毒リンゴを差し出す情景は恐ろし い。子どものころはどうしてリンゴでなければならないのかなど疑問に思ったこともなかったが、たぶんリンゴにある種の宗教性を込めたものだのだろうといま になって考えてしまう。
そうそうアダムとイブの禁断の実を忘れていた。ヘビにそそのかされてリンゴの実を食べてしまい、裸であることを恥ずかしく思う。と思って聖書で確認したら、リンゴとは書いていない。「禁断の実」でしかなかった。アダムとイブは本当にリンゴを食べたのだろうか。
ニューヨーク市の愛称はアップル・シティーである。ビートルズのレコード会社もコンピューター会社名もアップルた。これだけそろうと考え込まざるをえない。ヨーロッパ人にとってリンゴとは何だったのだろうか。
カザフスタンの首都アルマトイは以前、アルマーアタと呼んでいた。カザフ語で「リンゴの父」という意味だと聞いた。天山山脈の北麓の町で、郊外にはリン ゴ畑が広がっていた。後で調べると、リンゴの原産地は中央アジアだということになっていた。ブドウもまた中央アジアが原産地で、ともにワインの原料でもあ る。
リンゴは寒冷地に実る。日本でも温暖地に育つミカンと成育地を二分している。ヨーロッパにリンゴが育つのはわかるが、ヨーロッパ文明のふるさとであるギ リシャだとかイタリア半島にリンゴが育ったとは到底考えられない。そもそもエデンの園があったとされるメソポタミアにリンゴが成育するはずもない。ギリ シャ神話に登場する黄金のリンゴはオレンジだったかもしれないのだ。
トマトが「黄金のリンゴ」となったり、ジャガイモが「土のリンゴ」となるのだから、リンゴを意味する「アップル」や「ポム」は単に果実の意味ともとれるのだ。
それでは日本語の林檎はどこからきたのだろうか。どうやっても林檎は「りんご」と読めない。現在、日本で栽培されるリンゴは明治以降、アメリカからもた らされたものだが、平安期から「和りんご」が存在していた。小ぶりですっぱかったからあまり食用とはされなかったらしい。平安時代の『和名類聚抄』によれ ば、「利宇古宇(りうこう、りうごう)」として和リンゴが記述されており、これが訛って「りんご」になったと考えられているようだ。
当然、中国からやってきたはずだ。中国ではリンゴのことを「苹果」(ピングオ)と呼ぶ、文献には「林檎」の表記もある。『本草綱目』に「林檎一名来禽、言味甘熟則来禽也」とあるから、「熟れると甘くなって禽類がやってくる」という意味か。
中国の文献にある「林檎」の文字に「利宇古宇(りうごう)」の読みを重ねたということだろうか。
どこかのサイトだったか忘れたが、おもしろい逸話が書かれてあった。
あるところに果樹園があって、リンゴがなっていた。そこへ言葉のわからない旅人がやってきた。旅人はリンゴを差して「これはなんだ」と言った。農夫は意味が分からなかったので「リンゴ」といったそうだ。
農夫の国の言葉で「リンゴ」は分からないという意味だったのに、旅人は早合点してその果物を「リンゴ」だと理解した。
英和辞典で「lingo」と引いてごらん。