その昔、京都に住んでいたころ、生きつけの「あわじや」といううどん屋さんで「バーモント」が話題になった。筆者にとっては飲み屋なのだが、飲んだくれているお客はほとんどいない。赤井博さんという淡路島出身のおやじさんのつくるうどんに舌鼓を打つ店だった。京都産業大学に通うアルバイトのかわいい女の子がいて週に2、3回は通った。
 最初はフィラデルフィアがアメリカ独立直後の首都だったことって知っているなどと会話を交わしていて、「アメリカを知っているようで、日本人にとって実はニューヨークとかロサンゼルスとかがアメリカで他の所はあまり知らないのだ」という結論になった。
「バーモント・カレーってさ。アメリカのバーモント州と関係あるかな」
「えっ、そんな名前の州があるの」
「あるさ」 ハウスバーモントカレー」は広い年代にわたって知られている食品である。筆者の世代だと西城秀樹がハスキーな声で「りんごと蜂蜜、トローリ溶けてる、ハウスバーモントカレー!」というコマーシャルソングを歌っていたことで有名なのだが、バーモントの名がアメリカのひとつの州であることはあまり知られていないだろう。
 なぜ「バーモントカレー」なのか。ハウス食品の広報室に電話を入れた。「創業者の浦上社長が、カレールーを開発中、リンゴとハチミツの健康法がバーモント州にあることを知って命名した」そうだ。だがバーモント州の特産物は残念ながら蜂蜜ではなく、メイプルシロップである。
 筆者はバーモントには行ったことがない。ポピュラーのスタンダードナンバーの「Moon light in Vermont」で知る限りなくロマンチックなバーモントはメイプルの枯れ葉と雪景色を思い浮かべるだけだ。
 実際のバーモント州はカレーとは縁もゆかりもない。アメリカ東北部のカナダに国境を接する人口がたった58万人の小さな州だ。主力の農産物の75%は牛乳やバターといった乳製品だ。もともとはフランスの植民地で、アメリカ独立時にはイギリス領だった。
 1971年に14番目の州として合衆国に加わった。州を南北に縦断するグリーンマウンテン山脈のフランス語「Les verts monts」がなまって「Vermont」となった。首都のMontpelierもフランス語の「裸の山」から来たという。
 この自然豊かなバーモント州で特徴的なのは都市がないことである。人口の4分の3が田園地帯ないし郊外に住んでいる。州で二番目に大きな首都モンテペリーの人口はなんと8000人というから日本でいえば村である。だが「全米暮らしやすさ番付け」では「アメリカで一番、空気が新鮮な州」に挙げられているという。
 ただそれだけのことである。