2008年02月05日(火)
萬晩報通信員 成田 好三
 日本のTV局が欲しいのは、「視聴率を取れる映像」だけである。映像を分析、評価、論評する能力も意思も、まったく持ち合わせてはいない。
 南極海で日本の捕鯨船を執拗に追い掛け回す、欧米の環境保護団体の活動など、まったく無視していたのに、ある刺激的映像が配信されると、すべてのTV局がその映像に飛びつき、繰り返し流し続けている。
 シー・シェパードと名乗る環境保護団体の船に乗る2人の活動家が、小型ボートから日本の捕鯨船に飛び乗って、捕鯨船の乗組員に「縛り上げられる」映像である。
 筆者がこの映像を初めて見たのは、NHK・BSが毎朝放送するBBSニュースによってである。この映像は世界中を駆け回って、「反捕鯨」「反日本」のイメージを増幅させたうえで日本に「上陸」した。それまで南極海における日本の捕鯨船を追い回す欧米の環境保護団体の船の活動を無視していた、日本のTV局はこの映像に一斉に飛びついた。
 しかし、日本のTV局は、この「視聴率の取れる映像」を垂れ流すだけである。この映像の撮影・編集者は誰なのか、どんな風に編集されたのか、映像配信の目的は何なのか―。何ひとつとして、これら視聴者の素朴な疑問に答えようとはしない。
 BBCニュースによると、BBCはシー・シェパードではなく、別の環境保護団体「グリーン・ピース」の船に特派員を乗せていた。グリーン・ピースの船は日本の捕鯨船団のうち、この船ではなく最大の捕鯨船を追いかけまわしていた。だから、シー・シェパードの船からの映像は、BBCの制作ではないようである。この映像は、シー・シェパードの広報担当者によって撮影・編集された可能性が高いと言えよう。
 命知らずの戦場カメラマンにしても、波高く極度に水温の低い南極海で小型ボートに乗って、大型船に接触して、乗組員が捕鯨船に飛び乗る場面を撮影するリスクを犯すだろうか。こんな行為に命をかける価値はない。メディアの上司も、そんな無謀で価値のない命令も許可も与ええるはずもない。
 この映像をBBCのホームページで繰り返し見ていると、複数のシーンをつなぎ合わせたものであることが分かる。まず母船上のカメラマンが洋上を疾走する小型ボートを映す。次にボート上のカメラマンが撮影する。捕鯨船に接近、接触したボートから、赤いレインスーツの男が飛び移る。赤い服の男は画面右側に移動して黒い服の男の乗船を助けると、カメラに向けてガッツポーズをする。2人は素早くデッキの手すりに駆け寄る。これまでがカットなしの1シーンである。次のシーンでは、2人の乗船に気付いた捕鯨船の乗組員が2人を取り囲んで、ロープで縛り上げる。
 この映像のハイライトシーンは2つある。乗船に成功したシーンと乗組員に縛り上げられるシーンである。欧米でも日本でも、この2つの刺激的シーンに注目が集まったはずである。しかし、この映像を撮影・編集したとみられるシー・シェパードの広報担当者は、編集段階で致命的なミスを犯している。彼らにしてみれば、乗船した2人の男が手すりに駆け寄る場面でシーンをカットすればよかったのに、カットが0・数秒遅れたため、2人の男が腰に巻いたベルトとつながったロープの先端で手すりにフックをかける瞬間の映像が残されている。2人は捕鯨船の乗組員に縛り上げられる前に、自らの体を船の手すりに縛り付けていたのである。
 広報担当者は、この瞬間の映像はカットしたかったはずである。彼らの狙いは、乗船した2人の男が乗組員に縛り上げられる映像を映すことだったからである。しかし、男たちの動きが素早すぎたためか、それとも絶対的な「スクープ映像」の配信を急いだためか、彼らにとっては削除すべきはずの場面が残されることになった。
 メディアが配信する映像でも、すべてある種の意図が含まれている。ウラジミール・プーチン大統領の言動を連日伝えるロシア・RTRのニュースなど、誰が見てもあからさまな意図だらけである。さらに、メディアではなく活動の当事者が伝える映像には、もっとあからさまな意図が表出している。日本のTV局は、こうした映像を撮影・編集者の意図を分析、解説、論評することなく、無責任に垂れ流している。
 日本のTV局は、反捕鯨団体の意図に対してまったく無防備だった。時間的な都合でだろうか。この映像のキーポイントとなる、2人の男がデッキの手すりにフックをかけるシーンをカットして放送したTVニュースさえある。結果として、日本のTV局は反捕鯨団体の味方になったと言っても、言い過ぎではないだろう。(2008年1月21日記)

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